掌編小説集 - 見てるだけ・・・
03
 もう、何をする気も起きなかった。近所に話をするような相手もいない。

 孤独。妻は一人得体の知れぬ恐怖と戦っていた。普段よりも大きな音量でテレビをつけ、昼間にも関わらず電気も点けておいた。クッションを胸に抱き、ソファに丸くなって座りただ一人耐えていた。

(あなた、早く帰ってきて)

 夫にメールも送ってみるも、今朝の様子から考えても信じて貰える確率は低い。だからだろうか、いくら待っても返信はなかった。






 あれからどれだけ経っただろうか玄関のベルが鳴った。

 妻は誰でもいい、一緒にいたかった。急いで玄関に向かう。そして、そこで再び恐怖に出会った。あの女がいた。

「な、何?」

 女は無言で妻に詰め寄る。一歩、また一歩とどんどん近づいてくる。

「こ、来ないでよ」

 後退りしながら妻は叫ぶが、女はお構いなしだった。さっきと同じように淡々とした表情で迫って来る。

「な、何なのよ一体。け、警察呼ぶわよ」

 妻の手には携帯が握られていた。ダイヤルを押そうとした。が、震える手は彼女の言う事を聞かない。

「い、いいの?本当に警察を呼ぶわよ」

 その時、妻の背に何かが当たる。ベランダの柵だ。これ以上は後ろに下がれない。

 逃げ場を失った妻に、女が顔を近づけてきた。そして、その目で見る。見る。見る。見る。

「み、見ないで・・・・・・」

 妻は懇願した。

 その瞬間、女の表情が変わった。それは笑みの様でもあり、怒りの様でもあり、恨みの様でもある。

 今まで表情が無に近かっただけに、この微かな変化にも妻はたじろいだ。

「だったら・・・死ねば?」

 たった一言。女は一言だけ耳元で言った。





絹革音扇 ( 2014/03/31(月) 19:20 )