第三章
01
 渡辺の仕事現場へと彼女を乗せ車を走らせる南。

「そうだ渡辺さん、今日の仕事って何時までに着けばいいかな?」

 後部座席に座る渡辺に声をかける。

「10時には到着した方がいいみたいですけど……」

「そっか、まだ時間に余裕もあるし、一旦君の家に寄ろうと思うんだ」

「…ほら、昨日のまんまだしさ。着替えたいでしょ?」

 南の問いかけには答えたものの怪訝な表情を浮かべる渡辺に西尾に言われたことを持ちかけた。

「いいんですか!?」

 嬉しそうな顔でこちらを見る彼女とルームミラー越しに目が合った。

「うん、そんなに時間取れないけどね」

 10時に間に合わせるなら、移動時間を鑑みれば、40分程度の猶予しかない。が、顔を綻ばせている彼女は南の言葉は聞いてはいないようだった。







「……ふぅ」

 渡辺の家の近くのコインパーキングに車を停め、彼女が帰宅している間に南は車外で煙草を咥え手帳とにらめっこしながら今一度事件のことを考えていた。

(狙いは指原さんじゃなかったのか?本当に砒素はクッキーに入れられてたのか?もしかすると……)

 数多の疑問と憶測が脳裏に浮かんで消えを繰り返す内に、どつぼにはまる感覚に陥っていた。


「……い!先輩って!」

「ん?東山か」

 気付けばコンビニ袋を提げた東山が買い出しから戻って来ていた。

「東山か。じゃないっすよ。ってかどこまで吸うんすか?」

「ん?あぁ」

 指摘されるまで気が付かなかったが南の吸っている煙草がフィルター近くまで短くなっていた。

「それでなにを買って来たんだ?」

 煙草を携帯灰皿に入れ、助手席に座る東山から袋を受け取った。

「カツ丼っすよ!」

「朝から重いの食うんだな」

「朝は米じゃないと力出ないっすからね。もしかして先輩パン派っすか?」

「まぁな」

 袋の中を見ればもう一つ同じ物が入っていた。

「すんません」

 げんなりしつつも、一応礼を言ってお茶だけ取り出し袋を傍らに置いた時、後ろの扉が開き渡辺も帰って来た。

「あれ、まだ時間あるけどもういいの?」

「はい!それと、これ……」

「ん?」

 お茶の蓋を開けながら彼女に尋ねれば、なにやらバスケットの様な物を差し出した。

「まだ何も召し上がってないと思って」

 その中にはサンドウィッチがいくつか入っていた。

「差し入れ?ありがとね!」

 先程と違い心を込めた礼を言い、一つを口に入れた。

「うん!美味しい」

「あの…先輩?僕も……」

「ん?あぁ、足りないならそのカツ丼も食べていいよ。米食わないと力出ないんだろ?」

「あいや……その…えっと……いただきます」




 南は渡辺の優しさの込められた朝食を食べ、東山は大量生産のカツ丼を2つ食べ、一路渡辺の仕事現場へと急いだ。







絹革音扇 ( 2013/12/02(月) 23:04 )