第二章
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「……!」

「おはよう。よく眠れ……たわけないか」

 ドアを開けた事により、全員の視線を一身に浴び、俯きがちな渡辺に南が声をかけた。

「おはようございます……」

「今日の仕事ね、俺も一緒に着いて行くことになったんだけど……大丈夫かな?」

 一応の確認を取る。もちろん断れても着いて行くことに変わりはないが

「……はい、さっき事務所から連絡がありましたから」

 依然として目線を下にしたまま渡辺が答える。

「あらら、知ってたのね。じゃよろしく」

「お願いします……」

「早速だけど…」

「はい、待った!」

 今日の予定を聞き出そうとした時に西尾が2人の間に入り渡辺の手を取り部屋を出て行った。

「え、ちょ、西尾さん?」

「そんな事は後!」

 取り残された男たちは怒られた訳も判らずに互いに顔を見合わせ首を傾げた。






「どこ行ってたんすか?西尾さん」

 ほどなくして戻って来た2人に東山が尋ねた。

「……あんた、朝起きて顔洗わないの?」

 半ば呆れながら冷ややかな目で東山を見据え、西尾が漏らした。


「で、渡辺さん。今日の仕事って何?」

「今日はイベントです。他のメンバーは昨日の内に会場入りしてるみたいですけど……」

 戻って来た渡辺は先程と違いしっかりとこちらを見て答えてくれた。

「準備が出来たら声かけて」

 そう言って南も刑事課から出て行った。





 南は煙草に火を点け、自販機で缶コーヒーを買っていた。

「あ、当たった」

 当たりが出てもう1本選べることになったが、2本も要らない南はふと近くにいた者に声をかけた。

「お兄さん、お兄さん!これさ、当たったんだけど。1本いらない?」

「え?」

 声をかけられた青年は驚きの声を上げ、自分の顔を指差した。

「そうそう、……お疲れとありがとうの意味を込めてさ。1本もらってよ」

 作業着姿のおそらく清掃員であろう青年を南が促した。

「はぁ、いただきます」

 遠慮がちにお茶を選んだ彼に南が話しかけた。

「清掃?こんな朝早くから大変だね〜」

「あ、はぁ……」

 警察署にいる人間。つまり警官に話しかけられ緊張せずに応えられる者は少ない。例え自身にやましい事がなくてもだ。この歯切れの悪い青年もその内の1人だろうか。

 南がまた何か発しようとした時、廊下の先から誰かが走って来た。

「あ、あのお茶ありがとうございました」

「ん、あぁ、どういたしまして」

 それだけ言い残し青年が足早に去って行く。

「どうしたの西尾さん?」

 青年とすれ違い走って来た西尾に声をかけた。

「事件よ。さっき入電があったの。……あ、あんたは来なくていいから。ちゃんとあの娘に着いてなさいよ」

 南の問いかけに答え走り去ろうとする西尾を南が再度引き留めた。

「西尾さん、車貸してくんないかな?」

 車のキーを差し出した。

「なんで?」

「ほら、俺の車かなり煙草臭いと思うからさ」

「わかった…」

 ため息をつき西尾もキーを差し出した。

「ありがとね」

「あ、そうだ。仕事現場に行く前に一旦、彼女の家に寄ってあげなさいよ」

「……了解」

 駐車場へ走って行く彼女の背中に返事をした。

「あれ…… さっきの彼どっかで……」





 しばらくして、渡辺がやって来た。

「んじゃ、行こうか」

「はい」

 何故か彼女の隣にいる東山には特に触れず駐車場へ歩き出した。






絹革音扇 ( 2013/11/30(土) 17:41 )