第一章
05
 収録スタジオに来てからを語る高橋。南は相槌だけを打ち聞く。

「……それで、新曲の収録の後に一度休憩が入りまして、その時に麻友が焼いたクッキーの差し入れをあったんです…」

「差し入れのクッキー…」

「はい…。みんな驚いたんです珍しい事だったので。それから、撮影が再開して…その、指原がセンターの曲の時に……」

 高橋の言葉が途切れる。

「…………」

 南も西尾も高橋の次の言葉を待つ。

 何かを決意したかの様に息を吐き、言葉を続ける。

「動きの悪かった指原にプロデューサーさんが撮影を一旦中断しました。私も彼女に近付いて声をかけた途端に」

「急に大量の血を吐いて倒れて……、全身を痙攣させて……、白目も剥いて……、その内に動かなくなって…」

 消え入りそうな泣き声を上げる高橋に、南は西尾へ目配せをした。

「ありがとう。辛かったよね?ごめんね、嫌なこと思い出させて」

 西尾が高橋の震える身体を優しく抱き寄せる。


 席を離れた南は壁に凭れかかり煙草を取り出した。が、火をつけずすぐに仕舞い考えた。
 
 いくら仕事とは言え、残酷な事だと。目の当たりにした凄惨な出来事を語らせるなんて。しかも、まだ20そこそこの娘に……


 静かな部屋には、嗚咽だけが響く。




絹革音扇 ( 2013/11/09(土) 17:07 )