遠恋









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第2章
15 説得。
旦那さんの会社に着いた。社員食堂で先に待ってくれていた旦那さんを見つけて、まりやさんが粘り強く説得していく。


「ほんとにここまでしてくださってありがとうございます。本当にありがたいです」


「じゃ、じゃあ…」


まりやさんの声が一瞬明るくなる。


「でも、妻とは離婚することが決まりまして。書籍化の件につきましては本当にすみません」


「え、ええ?ほんとですか?」


課長が素っ頓狂な声を出す。
旦那さんは目を伏せている。


「仕方なかったんです。最近はずっと喧嘩ばかりで。長くいすぎたからなんしょうね。もう限界かなって感じてたんです」


「いいんですか?本当に」


俺も思わず口走ってしまう。旦那さんの表情は暗く諦めかけているように見えた。


「すみません、もう行きますね」


「待ってください!」


立ち上がってこの場を後にしようとした旦那さんを俺は止める。旦那さんの表情は変わらないままだ。


「長い間ずっと一緒にいたなんてじゃない幸せなことじゃないですか。お二人は幼なじみなんですよね。ブログ、読ませていただきました」


俺はブログの中から特に印象に残っているものをプリントアウトしたもので旦那さんに見せていく。


「結婚式の時、お二人をよく知る同級生たちから祝福してもらったんですよね?子供が生まれた時もすごく幸せそうなお二人の写真を見てすごく良いなって思ったんです。幼なじみだからこそ、お互いのいいところも悪いところも分かり合えるんです。それに、たとえ悲しいことがあったとしてもお二人なら半分に分けて乗り越えられると思うんです。もし、今離婚して奥さんや子供さんがいなくなって、いなくなったあとにそれに気づいても遅いんです!」


旦那さんの方へ向かう。旦那さんとしっかり目を合わせて深く頭を下げる。


「お願いします。もう一度だけお考え直しください」


「…妻とゆっくり話してみます」


旦那さんは消えていった。帰りましょう、という課長の一声でエレベーターに乗り込んだ。


「…なんですか、さっきのは」


「出しゃばってすみませんでした」


「面白かったですねぇ。松岡くんのスピーチ、素晴らしかったです。すごく良かったです」


「あ、ありがとうございます…」


「さすが松岡くんですね。ようやく松岡くんの本領発揮ですね。素晴らしかったです」


「さぁて、行きますか。英国王」


「ちょっと、課長。やめてくださいよ。英国王じゃありませんって」


まりやさんは奥さんの方へ説得に向かったため、課長と会社に戻る。


7月の初めの東京のムッとした風が外に出るとすぐに身体全体に伝わる。いかに室内のクーラーが低く設定されてるかが分かる。


「何か近くで冷たいものでも食べて帰りましょうか。美味しいお店知ってるんですよ。それじゃあ行きましょうか、英国王」


「ちょっ、それやめてくださいって」

ガブリュー ( 2015/12/03(木) 19:20 )