第八話 オビディの場合
ダウン一族、推参。
気を失っていたメルトダウンが目を覚ますと、事務所内には掃除のおじさん以外は誰もいなくなっていた。

「ホトケ」の能力で自分を縛っている縄を溶かそうとするが、能力が発動しない。何か特殊な仕組みが内蔵された縄なのか、それとも誰かの能力によってこうなっているのかは判りかねた。

事務所の床に掃除機をかけた後、いったんトイレに消えていた掃除のおじさんが出てきたので、メルトダウンは声をかけた。

「おじさん、この仕事長いの?」

振り返ったおじさんの顔を見て、メルトはギョッとした。額にカインの刻印を刻んだ喧嘩師「グリムリーパー」その人であった。

「おや、目が覚めたのかな?なんか悪いことでもしでかしたのかい?」

「悪いことなんてもんじゃねえよ!」

横から、茶色いゴミのカタマリのような、ドロドロしたスライムが叫んだ。他にも同じようなのが二体いる。これは、メルトダウンのホトケ「ヴォーテックスディソルブ」(Vortex Dissolve)によってドロドロにされた「人間デブリ」、通称「デブリマン」である。肉体がドロドロに溶かされ、低線量の放射線を出している。身体がドロドロなのに思考能力や発話能力があるのは、かつて脳や喉頭で起こっていた物理現象を別次元(亜空間)に移行し、それをこの世界にフィードバック(写像)させているからである。おそらく「G・うんこマン」も同じような原理で作動していると考えられるが、詳しいことはわかっていない(メルト本人にも)。

「そうだよ、元に戻せよこの野郎!」

オラオラ系ホスト「早乙女蓮」と思われるデブリが叫んだ。

「まあまあ、落ち着いて。生きてるだけでもめっけもんだよ」

グリムがデブリを宥める。

(どうやら、カインの刻印が発動している時のグリムと今のグリムは別人格で、昨日のことは覚えてないらしいな)

顔を紫色に腫上がらせたメルトダウンは、線のように細くなった目でじっとグリムを観察していたが、どうやら現在は危険はないものと判断した。この普段はやさしいだけの掃除のおじさんが、幻獄暗黒街を牛耳る三大マフィアのボスであるとは、誰も気が付かないであろう。

「残念ながら…」メルトはデブリに向かって言った。
「俺にも元には戻せないんだよ」

「この野郎ブチ殺すぞ!」早乙女蓮のデブリが叫んだ。

「喧嘩売ってくるなら買うよ」メルトは笑って応じた。

そこへ、龍我、白石咲夜、鳳条夕妃の三人が外から帰ってきた。

「あ、こいつ、目え覚ましてやがる」

龍我が床にツバを吐きながら言った。

「おいおい、ツバ吐かないでっていつも言ってるでしょ」

グリムリーパーが龍我に言う。

「あ、スンマソ」

「拷問しても吐かないし、自白剤も効かない、脳をスキャンしてもそれらしい情報が入っていない」
鳳条夕妃が白石咲夜の方を向いて言った。「どういうことですかね?」

白石は電子タバコを吹かせながら「う〜ん」と応じた。
「以前、チラッと聞いたことがあるんだけど、エージェントの中には『魂』をクラウド化してる連中がいるらしい」

「クラウド化?」

「そう。転生の時に中核となる情報や知性の働きの『束』のことを『魂』と呼ぶらしいんだが、これを亜空間でシェアしながら活動している一族がいると聞いたことがある」

「つまり、重要な情報とか思想みたいなものは、今ここにいるこいつの中にはないということですか?」

「そうだ。それどころか、感情や感覚…痛覚のようなものもクラウド上に預けることができるらしい」

「なんてこった…それじゃあ、いくら依頼主を聞き出そうとしても無駄じゃないですか」

「そうだな」

「殺しますか?」

「そうするか、ただの端末だしな…」


その時、事務所内の空間がキュイーンとうなりをあげ、突然ピカッと光ったと思うと、黒いスーツを着た数人の男たちが現れた。


「ダウン一族…推参」

ダウン一族Bランクの喧嘩師「クールダウン」がクールにつぶやいた。

「おせーじゃねえか」メルトダウンが笑って文句を言うと、

「すまんすまん、別件でな」と同じくBランクの「ノックダウン」が謝った。

「さっそくで悪いが…」

秒で縄を解かれたメルトが言った。「逃げるぞ」

「何故だ?」この事務所は通信状態が悪く、昨日の出来事の詳細な情報はまだクラウドに上げられていない。

「お、お前ら!」あっけにとられて見ていた龍我が叫んだ瞬間ドロドロに溶けたのと、グリムリーパーの額が妖しく光始めたのがほぼ同時だった。

「瞬光遁!」(しゅんこうとん)

ダウン一族Aランクの喧嘩師「だうんだうん」の瞬間移動能力が炸裂し、「グリムサイレンス (Grim Silence)」の事務所は複数の光で超新星爆発さながら、激しい明滅の洪水で満たされた。


アメリカン・クルーソー ( 2024/02/20(火) 15:16 )