第七話 幻獄ふれあい街歩き
宗教都市「マラヤク (Malayaku)」
ありぃと丸山と海星華は慎重に索敵を続けながら、幻獄第四の都市「マラヤク (Malayaku)」にやってきた。街に入ってしまえば、ギドロンの襲撃を警戒する必要もない。しかし、この街には、…なんというか、何か「物質化した幻想」とでも言うほかない、何か危険なものが潜んでいるように思われた。
 
 
今、駅のベンチで丸山が読んでいるのは、もちろん、「文学」ではない。ハウスが「音楽」でないのと同じように、彼が読んでいるものは「文学」ではありえない。

その書物の中では、途方もないスペクタクルが進行している。「文学」が作りあげた繊細な生き物たちが、散弾銃やマシンガンで、あるいは魔法の剣で寸断寸断(ずたずた)の肉片にされ、死体の山を築いているのだ。それをポップコーンをかじりながら笑って見ているオレがここにいる。

小説には不倫と近親相姦で社会の外側に立つ、とある。丸山は小説をもとの場所(ごみ箱)に戻し、入ってきた電車に適当に飛び乗った。別に目的があるわけではないから、なんでもよかったのである。

電車の中はラッシュ時ほど混んではいないが、立ってる人間も何人かいた。扉の前で直に地べたに座ってる茶髪がガンを飛ばしてきたが、恐いので目線をあわさなかった。丸山は弱者や自分と同じ人種(オタク)に対してはトコトン残酷でクールに振る舞えるが、強者に対してはトコトン弱く、カツアゲをされるとすぐに謝ってしまう。ただ、金をあげたことは一度もない、というのが丸山の唯一の誇りであった。

完全に背を向けてしまえばいいのだが、それはプライドが許さない。景色に興味があるフリをして茶髪野郎の頭上の窓の外を眺めようと努力した。が、茶髪野郎の視線が気になってどうしてもそっちの方に目がいってしまいそうになる。そういう「力」と、ブルって目をそらしたことを気づかれたのではないか、気づかれないように景色をもっとよく見ろ、という逆方向の「力」が相殺しあって、視線が定まらない。そこで、自分は住宅の窓の中を覗くのが好きで、そこに瞬間だけ見える風景からその人の「物語」を想像するのが好きなのだ、という「物語」を創造し、次々と現れる住宅の窓にすごく興味があるフリをした。

ある家では、酔っ払いの親父が娘に暴力をふるっていた。一升瓶の表面がやけにツヤツヤしているのが印象的だ。そのツヤツヤと、プックリとした毛根から長い毛が何本ものびた娘の頭皮が「接近」によって接続される。実際にその場面が表象されたわけではないが、要は頭を殴られたということなのだろう。肝心の場面は何故かカットされているが、殴られる前と殴られた後が自然につながっていた。もちろん、映画として見せられたら不自然に感じると思うが、自分の中で展開する場合には、どんなに切り刻まれ、寸断寸断にされた映像もそれなりの連続性をもっているのである。

娘は畳の上に倒れ、畳の上に直に置かれたタンスの底辺を呆然と見ている。その目には涙があふれていた。

(女子高生が親父に殴られ泣いている)

彼女がレイプされたわけでもないのに、丸山は何故か勃起していた。そこへ「これからはありふれたことがいいわ」と語る女の声が飛び込んできた。隣の家で猟奇的な少年犯罪を報じるワイドショーを見ながら賞味期限の切れた鳩サブレの残りを片づけている主婦の独り言だ。

(『ありふれたこと』って何だろう?)

丸山はさまざまな可能性を考えてみた。

「まさかスワップ雑誌の交際欄を見て、『大人の割り切った交際』をしようなんていうんじゃないだろうな」

その通りだった。

「●●さん…ですか?」(名前は想像できなかった)

買い物かごをさげてボーッとつっ立っていた主婦に声をかけたのは、五十歳くらいのオヤジだった。パリッとしたスーツに身をかためた男は、何をして生計を立てているのか想像もつかない顔をしていた。あえて想像するなら、自分の鼻のアタマから油を搾り取って売っている……そういう人物である。

「やだなぁ、こっちはよそ行きの服でバッチシきめてきたのに、奥さん普段のままですかァ?」

「いいじゃないの。この方がコーフンするっていう人だっているんですよ」

「奥さん、だいぶ慣れてるみたいだね。オレっちはじめてだから…。ヨロシクお願いしますねぇ」

「……アタシ、アレにしか興味ないの」

カコッ、カコッ、クリッ。
シュパーン、シュパーン、シュパーン!シャコーン、シャコーン、シャコーン!
サクサクサクサクサク……。
シュパーン、シュパーン、シュパーン、シュパーン!シャコーン、シャコーン、
クリッ。

「アッ、ごめん!痛かった?」

「……………」

サクサクサクサクサク……。
シュパーン、シュパーン、シュパーン、シュパーン、シュパーン、シュパーン、シュパーン!

「奥さんそろそろ…ヒ…いきますよ?」

「……………」

シュパーン、シュパーン、シュパーン、シュパーン、サクサクサクサク……クッ、ククッ、パンパン!

AVの影響は青少年ばかりでなく、中年の性にも及んでいる。しかし、このような人々はいったい老後をどうやって暮らすつもりなのだろうか。小説は老年の性を描いた。しかし、いまだ本当の意味での老年の性を描いたAVは登場していない。桜樹ルイと絡んだ老人の性は単に身体が老人というだけの中年の性の反復であって真の老年の性ではないからだ。AVとて広義の文学である今日、これはゆゆしき事態ではないだろうか?

そんなことを考えているうちに、電車は新宿に着き、丸山はなんとなくホームに降りた。もちろん、なんとなく、というのは彼の主観にそう感じられただけのことで、無意識のレベルでは明確な目的に貫かれているのであった。彼は明らかに何かを探している。前方からきたオバサンが、どこの病院から抜け出してきたのかというような見開かれた目で自分を見ているのを無視して、彼はキョロキョロとその「何か」を探し続けた。
 
 
「新宿?…ここは『マラヤク』とかいうところだろ?」

丸山が目を覚ますと、ありぃはホテルのトイレの中で丸山(眼球)を使ってオナニーをしているところだった。今さっきのは、夢なのか、想像なのか、記憶なのか。とにかく自動的な観念連合の中に自分はいた。

「これが宗教都市『マラヤク』の魔力か…」

ありぃも何やら取り憑かれたように、白目を剥いて何やらぶつぶつ呟いている。

トイレの外で海星華が、

「汚いが神なんだよ!随分と私に神を語るじゃねーか、破壊さ〜ん!!」

と叫んでいた。


アメリカン・クルーソー ( 2024/01/13(土) 15:52 )