幻獄のありぃ
喧嘩師の楽園『幻獄』に、野球の木製バットをかついだ美しい女獄卒がふわりと降り立った。地獄で獄卒をしていた、女喧嘩師「ありぃ」である。
彼女は地獄での任を解かれ、「亜空間バルド」の命を受けて新たに幻獄への潜入捜査に従事していた。
「さて…ここからは気をつけないと。…しょうがない、『仏(ホトケ)』を出すか」
ありぃはそうつぶやくと、「虚無、阿弥陀仏…」(虚無でつくられた虚無)と念じ、
「ロスト・アスホールズ(どうしようもないケツの穴)!!」
と叫んだ。瞬間、彼女の身体は眩い桃色の光を放ち、ニョワーんと魔法少女っぽい姿に変身した。M字に開脚すると、ノーパンの彼女の股間にぎょろりと血走った目ん玉が現れる。現世で数百人の人間を殺した殺害師「丸山」の成れの果てだ。
「おお…どこだここ?」丸山は眠そうに言った。
ありぃのオモンコに挿入された眼球、それが丸山の現在の姿である。いったい、どうやって言葉を発しているのだろうか?
「どうしようもないケツの穴」、この「ホトケ」の名が全てを表していた。丸山は、ありぃの肛門から出てくる空気、その振動を利用して発声しているのだ。要するに、おならで喋っているのである。従って、ありぃの体内の空気がすべて体外に排出され、おならをしようとしてもおならが出ないとなると、丸山は話したいことがあっても沈黙を強いられることとなるのである。
「前に言ってた『幻獄』っていう異世界だよ。何故か多くの喧嘩師がここに転生してくる」
「げんごく…ふーん」丸山は気のない返事をした。
「『有栖七人衆』の一人がここで妙な動きをしてるらしい。それに呼応して深宇宙皇帝アルカディアスのエージェントも送り込まれている。私の任務は両者の動きを『バルド』に報告することだ」
「ほーん…」丸山にしてみれば、ありぃのオモンコに収まっている現在が一番幸せな状態なのだ。これ以上何かをする気などない。
「やる気なさそうだな…オマエ、餌やんないよ?」
「えっ!?そ、それは…」
餌とは、ありぃがオナニーをすることによって分泌される秘密の液体(Love Juice)のことである。
「俺は何をすればいいんですか?」
丸山ははじめて下僕らしい口をきいた。
「ここには『幕府』と『アルカディアス』以外にもいろんな勢力があってだな、その中には『蟻』もいるらしい」
「アリ?」
「『ギドロン』とかいう進化した蟻だ。小さいので人間サイズの私たちでは認識が難しい。…お前なら見えるだろ」
「はい、やってみます」
丸山はありぃのオモンコに収納されしばらく経ってから異様な透視能力を身に付けるに至った。逆に、ありぃは丸山と合体してから、異様な魔法少女への変身能力を身につけたのである。変身すれば、野球のバットもピンクで白や金色の装飾が施された魔法少女仕様のものに変化するのである。
ドーーーーーン!!
丸山の索敵能力が発動すると、世界は白黒に変化する。索敵範囲はありぃを中心とする半径300メートルほど。たいして広くはないが、その代わり、超高精度で範囲内の対象物を判別することができる。
「うーーーん、虫はいっぱいいるけど、全部俺たちの世界にもいる普通の昆虫だね。虫も転生するのかな?カブトムシがカマキリに転生したりとか…あ、なんか近づいてきた」
「何が?」
「動物だね。犬かたぬきか…感触としては『ぬいぐるみ』みたいな…」
「ぬいぐるみ?」
対象物は意外と移動速度が速く、ぼんやり眺めている間にありぃの近くにまで到達していた。
「自然♪口得る♪黒光り虫♪スーパーオシッコシゼンガーH♪
自然♪口得る♪黒光り虫♪スーパーオシッコシゼンデーH♪」
ぬいぐるみのような生物は、何やら唄いながら近づいてきた。
「言葉を話せるのか?『幻獄』には様々な『幻獣』(虚構の存在とされている動物)が実在しているらしいが…」
ありぃが独り言を言っていると、ぬいぐるみは
「警察は暴れまわってオモローwww
いつかは海にコンクリート詰めだなwww」
とか
「天皇陛下はいつかは数字の一に殺されるぞwww
ザマァwww」
などと意味不明なことを言い散らしている。
「おい、お前…言葉はわかるか?」ありぃがぬいぐるみに訊ねる。
「名無しのゴミが喋ったwww
下ネタ用語は発情期の現れですかwww」
「誰が名無しのゴミだ!!」ありぃが魔法バットを振りかぶるが、逃げようともしない。
「自分は未来と思考で出来ているwww
出直してきなwww」
「わかったわかった。お前、名前は?」ありぃが優しく訊ねる。
「そちら側で決めて下さい。正が人で誤が神。思うが人で思わないが神」
「このォ……」ありぃが再びバットを振りかぶろうとしたところ、
「『海星華』っていう名前らしいよ」と丸山が能力「本質直観」を使って口を挟んだ。
「カイセイカ…?動物の『種』の名前?」
「そうらしい。ただし、一種一体の単一生命体で、要するにコイツ以外に仲間みたいなのはいないらしい」
「そうらしいw」海星華は丸山の言ったことをそのまま真似た。
「変わった動物だな〜。よく見ると、『ちいかわ』に出てきそうでかわいいね」
「………」丸山は無言になった。空気が切れたのだ。
「ま、いいか。敵意もなさそうだし」
ありぃは、その場にしゃがんでピンク色の魔法のリュックから炭酸水の瓶を出して栓を開け、一気飲みした。身体内にガスを溜めるためである。
「とりあえず、少しずつ進みながら索敵を続けるぞ。ある程度の安全地帯を確保できたら、今夜はその中心でキャンプだ。異常があったら、中で回転して知らせろ」
丸山は「わかった」と言う代わりに、オモンコの中で二度ほど回転した。
海星華は「本当の貴族はトイレ掃除係なのに大統領が頭を上げる」とつぶやき、
「ウンコが出るが神で綺麗が入るが人。神の意味に気付くのが遅すぎた」と何やら箴言のようなことを囁いた。
一方、その頃、ありぃたちとは遠く離れた場所に、もう一人の喧嘩師が降り立った。
「ウルトラ一族との接触に成功した」という報告の後、音信不通となったエージェント「ジートリャ」の後継者として深宇宙皇帝アルカディアスの命を受けたエージェント「メルトダウン」である。
「あーつまんねーなぁ(¬¬)
そろそろ小便撒き散らしたい」
そう言うと、おもむろに社会の窓を開け、ジョロジョロジョロ〜とおしっこを撒き散らすメルトダウン。
「やべっ、うんこもしたくなった!」
そのままズボンを降ろし、ちょうどいい硬さのうんこを生クリームでも出すみたいに、器用にひり出した。
「おいおい、どんだけ出るんだよ」
なかなか終わらない太くて長いうんこは、必然的に巻き糞となった。ほうれん草の食べ過ぎか、うんこは緑色である。その辺の雑草でおしりを拭いてズボンをあげたその時であった。
「完」
どこからか、そんな言葉が聞こえてきた。
「ん?」メルトは周囲を見回す。だが、それらしい人影はどこにも見あたらない。
「気のせいか…」メルトはそのまま、どこかへ立ち去っていった。
後に残されたのは、とぐろを巻いた緑色のうんこだった。
「メットールダウン」
緑色のうんこは、ひとりぼっちでつぶやいた。
「たまげたなあ…」
それを見ていたミクロイドの「マメゾウ」は、これを「ヤンマ」と「アゲハ」に報告すべきか迷っていた。