第四章「思い出の輪郭」
04
 花火の音。浴衣姿の彼女。


 ――「あれが私の初恋だから。あのときからずっと、あなたのことばかり考えてしまうんです」


 あの夜の言葉が、何度も頭の中で繰り返されていた。
 リハーサルに向かう電車の中でも、寝る前に天井を見上げているときも、ふとした瞬間に耳の奥で彼女の声が蘇る。


 ……けど、それってどういう意味なんだろう。
 初恋なんて大げさな。俺は、ただ立ち尽くして、何も返せなかった。
 思い返すたびに、胸の奥が重くなる。


 スタジオの準備をしながら、俺はつい、隣でスティックを回していた拓海に声をかけた。


「なぁ、拓海」

「ん?」

「『初恋の時から、ずっとあなたのことを考えてしまう』ってさ……どういう意味だと思う?」

「は? なんだよそれ、新曲の歌詞?」


 拓海が片眉を上げて俺を見た。
 俺は肩をすくめて、少し気まずそうに笑う。


「いや……こないだ、ライブ終わりに渡辺さんに、そう言われたんだよな」


 その瞬間、拓海の手が止まった。スティックがカランと床に落ちる。


「……はぁっ!? ちょ、ちょっと待て。お前、それ……莉奈ちゃんに告白されたってことだろ!?」


 大きな声に、俺はびくっと肩を揺らした。


「は? いや、そんな告白だなんて、大げさな――」

「いやいやいや、鈍すぎんだろ!」


 拓海が食い気味に詰め寄ってくる。


「どっからどう考えたって、それは『今でもお前が好きだ』って言ってくれてるようなもんじゃん!」

「……えっ、そういうことなの?」

「そうだよ!で、ちゃんと返事は返したのかよ?」


 彼の問いに、俺は「い、いやぁ…」と曖昧な形でしか言葉を返す事が出来ずにいた。


「はぁっ!? はっ、はぁっ!?!?」

 拓海がさらに大声を上げる。
 俺は思わず耳を塞ぎたくなりながら、苦笑を浮かべた。


「声でかっ……」

「何やってんだよ!お前……それは無ぇわぁ……」


 呆れ果てたように拓海は頭を抱える。
 俺は自分の言葉を思い返しながら、少しだけ胸の奥がずしんと重くなった。


「え……俺、悪いことしたのかな……」

「したに決まってんだろ。すぐに莉奈ちゃんに謝ってこい!あと、ちゃんと返事もしろ!」

「返事って……どう返したらいいんだよ」

「知らねえよ、それはお前の気持ちだろ!ったく……どんだけ恋愛偏差値低いんだよ」


 拓海に呆れられ、俺は視線を泳がせるしかなかった。
 花火の下で、彼女のまっすぐな瞳を前に、何も返せなかった自分が情けなくて――その言葉が、今も心に刺さったままだった。

■筆者メッセージ
おいおいおい、夏ももう終わりじゃないか。
結局今年も行けなかったぞ、プール。
黒瀬リュウ ( 2025/08/25(月) 06:28 )