地下へと続く階段を下りていくと、コンクリートの壁に音の振動が伝わってくる。雑居ビルの一角にあるライブハウス。重たい扉の向こうには、異なる熱気が渦巻いていた。
――間に合った。
浴衣の裾を気にしながら、深呼吸をして扉を押す。
会場内はまだ開演前。お客さんたちは思い思いに談笑していて、ざわめきの中にドラムの音が試しに鳴らされるのが聞こえてくる。
私は辺りを見渡したあと、一度ライブハウスを出て、周囲をぐるっと回って確かめた。
そして――建物の真裏で缶コーヒーを飲みながら、地面に座っている彼の姿を見つけた。
「……高宮さん!」
声をかけると、彼は立ち上がり、一瞬目を見開いて驚いたような顔をした。
「莉奈ちゃん、どうしてここに…、友達とのお祭りは?」
目を丸くして驚いている彼に、私は言葉を探しながら彼に話した。
「その、急に友達が来られなくなっちゃって…、ライブやるって聞いて、来たくなって…」
私の言葉に彼の視線が揺れて、やがて、少し照れたように微笑んだ。
「ありがとう。浴衣、すごく似合ってる。びっくりした」
その言葉に胸が、なんだかぽっと熱くなる。
言葉を返すのと同時に、勇気を振り絞って彼の前に立った。
「あの……ライブが終わったら、一緒に花火、見ませんか?」
それは、ずっと胸に秘めていた気持ちだった。
一瞬、高宮さんの目が見開かれる。
だがすぐに、静かに笑って、頷いてくれた。
「……うん、行こう」
その言葉を聞いた瞬間、胸がふわりと軽くなった気がした。
するとステージ側からスタッフが彼を呼ぶ声が飛んでくる。
「ごめん、何か呼ばれたみたい。ちょっと行ってくるね」
「……はい」
彼の背中が離れていくのを見つめながら、莉奈はそっと胸に手を当てる。
――こうやって、素直になってみるのも、悪くないかもしれない。
自分の気持ちを伝えたことで、少しだけ景色が違って見える気がした。
そんな風に思いながら、ライブ会場に足を戻そうとしたとき――。
「……お?」
聞き覚えのある声が響いた。
「渡辺?何してんの」
振り返ると、近くのフェンス越しに真部君の姿が見えた。
いつものジャージ姿とは違って、Tシャツにジーンズという軽装で、手にはチケットの半券を持っている。
「あっ、ちょっと知り合いに誘われて……」
「へぇ、なんか意外。こういうのあんまり興味ないかと思ってた」
普段と雰囲気が違うからか、なんだか彼と話すのがぎこちなく感じた。
「真部くんも聞きに来たの?」
「俺はバイト。ここの物販やることになってさ。結構いい時給なんだよね」
「そうなんだ。じゃあお仕事頑張ってね」
そう言って彼に背中を向けようとした時、フェンスがガシャンと音を立てた。
振り返ると、彼の右手がフェンスを掴んで、こちらをじっと見ている。
「どうしたの?」と尋ねると、真部君は「いや」と答えるも、何か思いつめたような表情を浮かべていた。
「あのさ……ちょっとだけ、時間くれない?」
その言葉に、わたしはきょとんと目を見開いた。
「え……?」
「大事な話があるんだ」
普段とは違う、からかいのない、真剣なまなざし。
戸惑いながらも、先ほどまでの高揚した気持ちが徐々に揺らいでいくのを感じた。
――開演までは、まだ少しだけ時間がある。
そう思ったわたしは小さく、けれど確かに頷いた。
「……わかった。少しだけなら」
真部君は短く「ありがとう」と言って、小さく笑った。



















