06
夕暮れの駅前広場は、すでに夏祭りの人出でにぎわっていた。浴衣姿の人々が行き交い、風に乗って屋台の甘い匂いと、遠くの太鼓の音が運ばれてくる。
私は母に仕立ててもらった水色の浴衣を身にまとい、手には小さな巾着を下げて、駅前のベンチに腰掛けていた。
陽子と果歩との待ち合わせ場所は、いつもの時計台の下。
緊張か、暑さか――胸の奥が妙にざわざわとして落ち着かない。
「莉奈〜っ!」
声のする方を振り向くと、駅構内から、赤い浴衣を着た陽子と、ピンクの浴衣の果歩が手を振って駆けてくる。
二人とも、華やかでとても可愛かった。
だが、それぞれ気になる男子と『トリプルデート』するはずだったが、周囲に男の影は見当たらない。
「え……二人は?相手の男の子たちは?」
思わず問いかけると、陽子と果歩は顔を見合わせて、声を揃えて言った。
「それはねぇ……」
曖昧に笑って、はぐらかされた。
「それよりそっちはどうなのよ?」と果歩が問いかける。
「高宮さんとは?」
「……今日は、ライブがあるんだって。だから、誘ってない」
そう答えると、陽子が目を見開いた。
「えっ、なにそれ。じゃあ、行かないの?」
「うん……誘われてないし、行く必要もないし……」
私はそう言いながら、視線をそらした。
でもその時、陽子がじっと私を見つめてきた。
「莉奈は、どうしてそんなに自分の気持ちに嘘つくの?」
その問いかけに、私は一瞬だけ言葉を失った。
けれど、無理やり口元を歪ませて答える。
「嘘なんてついてないよ…」
けれど、陽子は首を振った。そして、はっきりと言った。
「正直に言うとね……。莉奈って、傷つくことから逃げようとしてるようにしか見えないよ、私には」
その言葉が、胸の奥に静かに沈んだ。
思い返す。高宮さんのそばにいるとき、ふとした仕草や声、表情に心が揺れてしまうこと。
ライブを見てみたいと思ったくせに、踏み出せなかった自分。
――たしかに、そうかもしれない。
私は、何も言い返せなかった。
陽子は、少しだけ目を伏せて、でもしっかりと続ける。
「なんでもないとき、あの人のこと、考えちゃうんでしょ?」
「……」
「本当は、今日、一緒にお祭り行きたかったんでしょ?」
心の奥にしまっていた言葉を、陽子が代弁してくれたようだった。
「自分の気持ちに蓋する必要なんてないよ。大事な気持ちから逃げちゃダメ」
そして、静かに私の肩に手を置く。
そのぬくもりに、胸の奥で張りつめていた何かが、少しずつほどけていく気がした。
私は黙って頷いた。
そして――陽子がぽんと背中を押してくれる。
「まだ花火まで時間あるから。彼のところ、行ってきなさい」
「え……ちょ、ちょっと待っ――」
とっさに振り返ると、果歩がにやりと笑って、拳を突き出した。
「行け!走りだせ!青春は待ってくれないぞー!」
私は思わず吹き出しそうになりながらも、
「……うん」
と小さく、でもはっきりと頷いた。
そして浴衣の裾を気にしながら、下駄の音を響かせ、人混みをかき分けて駆け出した。
あの人に――この気持ちを、届けたくて。
人の波に消えていく私の背中を見送りながら、陽子はため息まじりに呟いた。
「まったく、世話が焼けるんだから」
果歩はその隣でくるりと扇子を回して、明るく言った。
「じゃあ、うちらも新しい出会い、探しに行きますか〜!」
二人は顔を見合わせて笑い、夏の夜に煌めく灯りの中へと歩き出した。