第三章「わたしが消えた夏」
06
 夕暮れの駅前広場は、すでに夏祭りの人出でにぎわっていた。浴衣姿の人々が行き交い、風に乗って屋台の甘い匂いと、遠くの太鼓の音が運ばれてくる。

 私は母に仕立ててもらった水色の浴衣を身にまとい、手には小さな巾着を下げて、駅前のベンチに腰掛けていた。
 陽子と果歩との待ち合わせ場所は、いつもの時計台の下。
 緊張か、暑さか――胸の奥が妙にざわざわとして落ち着かない。


「莉奈〜っ!」


 声のする方を振り向くと、駅構内から、赤い浴衣を着た陽子と、ピンクの浴衣の果歩が手を振って駆けてくる。
 二人とも、華やかでとても可愛かった。

 だが、それぞれ気になる男子と『トリプルデート』するはずだったが、周囲に男の影は見当たらない。


「え……二人は?相手の男の子たちは?」


 思わず問いかけると、陽子と果歩は顔を見合わせて、声を揃えて言った。


「それはねぇ……」


 曖昧に笑って、はぐらかされた。
「それよりそっちはどうなのよ?」と果歩が問いかける。


「高宮さんとは?」

「……今日は、ライブがあるんだって。だから、誘ってない」


 そう答えると、陽子が目を見開いた。


「えっ、なにそれ。じゃあ、行かないの?」

「うん……誘われてないし、行く必要もないし……」


 私はそう言いながら、視線をそらした。
 でもその時、陽子がじっと私を見つめてきた。


「莉奈は、どうしてそんなに自分の気持ちに嘘つくの?」


 その問いかけに、私は一瞬だけ言葉を失った。
 けれど、無理やり口元を歪ませて答える。


「嘘なんてついてないよ…」


 けれど、陽子は首を振った。そして、はっきりと言った。


「正直に言うとね……。莉奈って、傷つくことから逃げようとしてるようにしか見えないよ、私には」


 その言葉が、胸の奥に静かに沈んだ。
 思い返す。高宮さんのそばにいるとき、ふとした仕草や声、表情に心が揺れてしまうこと。
 ライブを見てみたいと思ったくせに、踏み出せなかった自分。


 ――たしかに、そうかもしれない。


 私は、何も言い返せなかった。

 陽子は、少しだけ目を伏せて、でもしっかりと続ける。


「なんでもないとき、あの人のこと、考えちゃうんでしょ?」

「……」

「本当は、今日、一緒にお祭り行きたかったんでしょ?」


 心の奥にしまっていた言葉を、陽子が代弁してくれたようだった。


「自分の気持ちに蓋する必要なんてないよ。大事な気持ちから逃げちゃダメ」


 そして、静かに私の肩に手を置く。
 そのぬくもりに、胸の奥で張りつめていた何かが、少しずつほどけていく気がした。
 私は黙って頷いた。

 そして――陽子がぽんと背中を押してくれる。


「まだ花火まで時間あるから。彼のところ、行ってきなさい」

「え……ちょ、ちょっと待っ――」


 とっさに振り返ると、果歩がにやりと笑って、拳を突き出した。


「行け!走りだせ!青春は待ってくれないぞー!」


 私は思わず吹き出しそうになりながらも、
 「……うん」
 と小さく、でもはっきりと頷いた。

 そして浴衣の裾を気にしながら、下駄の音を響かせ、人混みをかき分けて駆け出した。


 あの人に――この気持ちを、届けたくて。


 人の波に消えていく私の背中を見送りながら、陽子はため息まじりに呟いた。


「まったく、世話が焼けるんだから」


 果歩はその隣でくるりと扇子を回して、明るく言った。


「じゃあ、うちらも新しい出会い、探しに行きますか〜!」


 二人は顔を見合わせて笑い、夏の夜に煌めく灯りの中へと歩き出した。

■筆者メッセージ
これを読んでくれてる人は大体どんな人が見てくれてるんだい?
とふと気になりました。
黒瀬リュウ ( 2025/08/08(金) 23:25 )