第二章「憧憬」
04
 雑貨屋を出る頃には、日差しも少しだけ和らぎ始めていた。
 だけど、歩くたびにじんわりと汗がにじんでくる。私は手に持った紙袋を軽く揺らしながら、気づけば家とは逆方向のバス通りへと足を向けていた。

 ――別に、どこに行くってわけじゃない。
 ただ、なんとなく、まだ家に帰るには早い気がして。


 商店街を抜けた先の、小さな駅前広場。
 その一角にある、白いパラソルが並んだこぢんまりとしたカフェ。
 ちらほらと学生や親子連れがテラス席でくつろいでいて、私は何気なく、その前を通りかかった。

 ――そのときだった。

 ふと、視線が引き寄せられた。

 テラス席の一つ。
 そこにいたのは、見間違いようもなく――高宮悠人さんだった。

 そして、その向かいに座っているのは、見知らぬ女の子。
 肩までの黒髪に、シンプルだけどセンスのいいワンピース。
 笑顔で悠人さんに何かを話しかけていて、彼も、いつもの無表情とは違って、どこか穏やかな顔で頷いていた。

 ――その距離の近さと、空気の親密さに、私は思わず足を止めてしまった。


 ……知り合い? いや、もしかして、彼女……?


 考えたくもない想像が、勝手に頭の中をめぐっていく。
 すぐに目を逸らした。けれど、一度見てしまった光景は、頭から離れてくれなかった。


 胸の奥が、ずき、と痛んだ。
 手に持った紙袋の角が、じくじくと指に食い込んでいく。


「……なんで、こんなことで……」


 小さくつぶやいた声が、風に溶けて消えていった。

 冷静に考えれば、彼だって大学生の青春真っ只中の人だ。
 素敵な相手がいても、何もおかしくなんかない。
 それに、私にはまったく関係のないことだ。

 ――そう思い込もうとしても、心のどこかがざわついて仕方がない。

 その先を考えるのが怖くて、私は無理やり歩き出した。
 胸の内に広がるこの苦い感情に、まだ名前をつけることはできなかったけれど。

■筆者メッセージ
津波が心配な1日でしたね…
皆さんのところは大丈夫でしたか…?
黒瀬リュウ ( 2025/07/30(水) 23:14 )