06
閲覧席の片隅。中央に広げた郷土資料の本を挟んで、私と白Tの彼は並んで座っていた。
ページには、地元の昔の地図や神社の由来、古くから伝わる民話などが載っていたけれど、正直、どれも一人で読んでいたら眠くなってしまいそうだった。
でも、彼が、私の横で時折説明を加えてくれるおかげで、不思議と内容が頭に入ってきた。
「この地区、昔は“城下町”って呼ばれてたんだよ。いまの市役所あたりに砦があったらしくて、ここに載ってるのがその跡地」
そう言って、彼はページの端に載った手描きの地図を指さした。
「へえ……そんな場所だったんですね」
「うん。俺、大学で地域文化のゼミに入ってて。課題でけっこうこの辺の資料読むこと多くてさ」
落ち着いた声が、図書館の静けさに溶けていく。彼の言葉は、どれも私の知らないことばかりだったけど、不思議と居心地がよかった。
「君は、学校の課題?」
「はい。夏休みの宿題で“地元の歴史を調べてレポートを書く”っていうやつ出さなきゃで……正直、ちょっと苦手かもです」
思わず本音が漏れると、彼は「わかる」と笑ってくれた。
「俺も学生のときは全然興味なかったし。今だって、“好き”っていうよりは、“必要だから読んでる”って感じかな。でも、誰かに話すときって、ちょっと面白くなるでしょ」
「……確かに。わかりやすいです」
私がそう返すと、彼は照れくさそうに鼻の頭をかいた。
ふと、手元の資料から視線を上げて、私は彼の横顔をじっと見つめた。
光の加減で少しだけまつ毛が透けて見える。
淡く笑う口元、ページを押さえる指先。
なんでだろう。さっきから、何度も目が行ってしまう。
そんな私の視線に気づいたのか、彼が顔をこちらに向けた。
目が合ってしまった。
「あっ……」
慌てて私は視線をそらす。
頬にじわりと熱がのぼるのを感じながら、俯いた瞬間――
「あれ……そういえば君、この前ショッピングモールで……?」
彼が静かに言った。
私はゆっくりと顔を上げる。
「やっと、思い出しましたか」
彼は目を丸くしたまま、すぐにばつが悪そうに笑った。
「ごめん、あのときはバタバタしてて。でも……そうだったんだ。あのとき、助けたの」
「……その節は、本当にありがとうございました。あのとき、助けてもらって」
「いや、全然。あれは偶然だったし」
そう言って彼は軽く首を振った。私は、きちんとお礼が言えたことに少しだけ安堵した。
「そういえば、自己紹介してなかったよね。俺、高宮悠人っていいます」
彼は、少し照れくさそうに笑いながら言った。
「悠人さん……」
名前を口に出してみると、彼は「うん?」と目を細めた。
いきなり下の名前はあまりにも不自然すぎると気付いた私は、慌てて首を振り、自己紹介を返した。
「渡辺莉奈です。高校2年生です」
「莉奈ちゃんかぁ。高校生にしては、しっかりしてる」
「そんなことないですよ。今日も、ほとんど教えてもらってばかりで……」
「じゃあ、課題の手伝った部分はちゃんと俺の名前書いておいてよ」
「ふふっ、知らない人の名前が出たら、先生が驚くじゃないですか」
そんな軽いやりとりにも、自然と笑いがこぼれる。
ふと気づくと、二人の声が少しだけ大きくなっていたみたいで、隣の席から視線を感じた。
「あ……すみません。ちょっと声、大きかったかも」
「俺も。つい話しすぎたね」
そう言って、二人で顔を見合わせ、小さく「すみません」と周囲に頭を下げた。
それから、またそっと笑い合う。
たったそれだけの時間なのに、心がふわっと軽くなるような、不思議なぬくもりが胸に残った。