02
「ごめんごめん! ほんとに急いだんだってば!」
陽子がコンビニ前の私に駆け寄ってきたときには、すでに太陽は少し傾きかけていた。彼女の肩で揺れるトートバッグの中から、ペットボトルのキャップがカラカラと音を立てていた。
「うん、急いでるようには……まあ、見えなくもなかったよ」
「なにそれ〜。あ、でも今日は珍しく巻き髪うまくいったから見て!」
彼女はそう言って、くるりと横を向く。ほんの少しだけ跳ねた毛先が、確かに陽子らしい柔らかさを持っていた。
私たちはそのまま、駅前にあるガラス張りのチェーンカフェに入った。
夏休みのせいか、いつもよりも人が多かった。涼を求める学生たちや、買い物帰りの親子、手に資料を広げる大学生らしき姿まで。店内にはざわざわとした話し声と、氷を砕くミキサーの音が混ざり合い、活気に満ちていた。
「アイスカフェラテ、いつものでいいよね?」
「うん、ありがとう」
陽子がレジに並ぶ間、私は木目のテーブルに腕を乗せて、ふうっと息を吐いた。コンビニで見かけた“あの人”のことが、まだどこか頭の片隅に残っていた。けれど、名前も顔も知らない相手だ。考えたところで、どうにもならない。
戻ってきた陽子は、ラテのカップをトンと音を立てて置きながら座ると、早速しゃべり始めた。
「でね、聞いてよ莉奈。隆史から、また連絡きたんだけど」
「……“隆史”って、あの元カレの?」
彼女が鼻水を垂らしながら「もう恋なんてしない!」なんて、どこかのJ-POPの歌詞みたいなことを叫ぶことになったきっかけの相手である。
「そう。わざわざブロックしたLINEじゃなくて、インスタのDMにだよ?もはや執念を感じるよね」
「……で?まさか返信したりしてないでしょうね」
「……」
私の追及にラテを飲み進めていた陽子の手がピタッと止まった。
彼女の様子を見て、私はまた始まったと呆れてため息をつく。
「年末にあんなに大泣きしたの忘れたの?」
「いや、もちろん忘れたわけじゃないよ!理由も聞かされないまま、いきなり振られてさぁ? 今だって立ち直れてないわけじゃないけれど…」
そう言って、陽子はストローをくわえたままカップをくるくる回した。
こうして恋に一喜一憂する陽子の姿を見るのは初めてではないが、どれだけ振り回されようとも、それでもめげずに真剣に恋と向き合おうとする彼女に対して、どこか私は憧れというか、ないものねだりのような感情を抱いているのかもしれない。
「で、どうするの。返すつもり?」
「……うーん、迷ってる」
「迷ってるんだ?」
「うん。なんか、あの頃のこととか思い出すとさ。楽しかった時間もあったし、向こうも少しは反省してるっぽいし」
その顔は、どこか懐かしさに満ちていた。まるで過去のアルバムをめくるみたいな瞳。
私は、カップの氷がカラリと鳴る音に視線を落とす。
「……また同じこと繰り返すだけじゃない?」
「わかってるけどさ。恋ってそういうもんじゃない?」
陽子の言葉に、私はなぜだか返す言葉が見つからなかった。
“恋ってそういうもの”――その感覚が、私には今ひとつピンとこない。
付き合って、別れて、またやり直して。そんなドラマみたいな感情のやりとりに、自分はどうしても距離を置いてしまう。
「ところでさ、夏休みどうする?」
さっきまで憂いていたはずの陽子が唐突に話題を変えた。
「どうって?」
「だって、今年はさすがにどっか行きたいなって思ってるの。ほら、去年は課題に追われて終わったじゃん?」
「そうだっけ」
「そうだよ! だから、今年こそはちょっとした旅行とか、せめて日帰りで川とか山とか行きたいなって」
「意外とアウトドアなんだね」
「それ失礼じゃない? わたし、けっこう行動派なんだけど」
「じゃあ、どこ行く予定なの?」
「んー、まだ全然決めてないけど……おばあちゃんの家の近くにね、昔よく行ってたキャンプ場があるの。そこ、久しぶりに行ってみようかなって」
「へえ……いいね」
「莉奈も来る? 行くならちゃんと計画立てるけど」
「うーん、考えとく」
そう答えながら、ふとさっきの“白いTシャツ”のことを思い出していた。
もし、またどこかで会えたら――なんて、根拠のない想像に、喉の奥が少しだけ熱を持った。