最終章
09
 とても幸せな時間だった。

 途中、胸が苦しすぎて思わず涙が溢れてしまい、向こうに心配をかけてしまったが、それでも彼の温もりを直で感じることが出来て、触れ合うことが出来て、それだけでも身に余るような思いだった。

 ベッドの下に落ちてしまっていた下着や服を拾い、一つずつそれを身に付けていく。

 外はまだ暗闇に包まれている。

 だがよく耳を澄ませば、ちゅんちゅんと小鳥たちの鳴き声が少し聞こえてきていた。

 須崎はまだベッドの中で眠っている。

 起こさないようにゆっくりと立ち上がると、顔を横にして眠っている彼の頭をそっと撫でた。


 セックスが終わった後、須崎はベッドの傍らにあった小さな小棚から一つの懐中時計を取り出して、美玖に手渡した。

 これはと尋ねると、幼い頃、家を飛び出して蒸発した父親が唯一形見として置いていった物だと彼は話してくれた。


「そんな大事な物、受け取れません…!」

「いいんだ、君に持っていて欲しいんだ」

「でも…」

「君は頑張り屋で、ひたむき過ぎて、一人で抱え込みすぎてしまったり、自分に自信を無くしてしまいがちだから、そのときはこの時計の針が動いていくのを見て、流れる時間の中で自分は決して立ち止まっていないんだっていうのを感じて欲しいんだ」


 彼は懐中時計のネジをキリキリと音を立てながら回すと、全て巻き終わってから、それを美玖に手渡した。

黒瀬リュウ ( 2021/11/22(月) 00:52 )