最終章
08
 久々にやってきた彼の自宅は相変わらず一人で暮らすにはとても広く、そして息を止めれば心臓の音が聞こえてしまうぐらい静かだった。

 そんな家の中で二人はお酒を嗜みながら、高校時代の懐かしい思い出話に花を咲かせた。

 自分の中の思い出と、他者から見た思い出というものは同じ事柄でも捉え方によっては全く異なっているもので、その時に相手がどう思っていたのか、それを知ることが出来るだけでもとても楽しい時間だった。

 夜も更けていき、気付けば須崎と並んでソファーの上に座っていた。

 彼の自慢のレコードプレイヤーからは、美玖が大好きなアーティストが演奏する『The Nearness of You』が流れている。

 肩と肩が触れ合っているだけで、彼の温もりを感じることが出来た。

 当時の自分からしたら、きっと夢みたいな状況だろう。

 ふと彼の顔を見ようと横を見ると、向こうもこちらを見つめて来ていることに気づいた。

 最初は照れ臭くてその視線から逃げたが、再び彼を見つめ返してきた美玖に、須崎はゆっくりとその顔を近付けて、彼女と唇を重ね合わせた。

 ほんの数秒。いや、もっとあったかもしれない。

 酒の匂いが残ってしまっていないか。それだけが心配で、キスをしている間、息を止めた。

 唇がゆっくりと離れ、お互いに目を開いた時、今度は美玖の方から、彼の首に腕を回してキスをした。

 今度は唇と唇が重なるだけのような子供じみたキスではなく、お互いに唇を貪るように重ねながら、獣のように互いを求めた。

 須崎はそれを拒むわけでもなく、自分からしてくるわけでもなく、ただただ、彼女からの愛を真正面から受け止めてくれていた。

 ソファーから隣の寝室へと移動し、ベッドの上に座ると、互いの服を脱がしあった。

 冬も本番を迎えており、お互いに着こんでいる服が多かったが、そんなことには気に求めず、あっという間に産まれたときの姿になった二人は再びねっとりと唾が混じり合う音を立てながら、唇を重ねた。

 お互いの体を触り合うと、寒さで肌の感触が敏感になっているよく分かる。

 夢中で彼を感じ取ろうと、美玖は必死になっていた。

 優しく自分の体を横たわらせ、彼の物がゆっくりと自分の中に入ってくる感触が伝わってくる。

 体温や匂い、鼓動や吐息。

 彼の全てが、彼女の胸を締め付けて、快楽よりも苦しさの方が勝ってしまっていた。

 彼女を抱き上げ、座ったまま腰を動かしていた須崎が、美玖の頰に伝っている一筋の涙に気付き、動きを止めた。


「金村…、大丈夫か…?」

「えっ…」

「嫌だったら、別に無理しなくても…」


 そう言いかけた彼の言葉に美玖は蓋をするように口付けをした。

 キスをするたびに重なり合う時間はとても長くなっていたが、今までで一番長く息を止めていたような気がした。


「やめないで…」


 唇を離してから、彼を見つめてそう呟くと、須崎はうんと頷き、彼女に応えるように一心不乱になって腰を動かした。

 美玖は彼の首に腕を回して、再び彼の全てを感じながら、自分の手をぎゅっと力強く握り締めていた。

黒瀬リュウ ( 2021/11/22(月) 00:15 )