最終章
07
 翌朝。

 学校では亡くなった生徒を偲ぶため、緊急的な全校集会が開かれていた。

 美玖や久美たちも須崎の呼びかけによって、体育館の後方からその様子を眺めていた。

 三年生の女子生徒たちの数名は鼻を啜りながら涙を流しているが、後列に並ぶ一、二年生たちは何の関わりもなかった先輩の死に涙を流している様子はなかった。

 だが全校生徒の前に立って彼女が亡くなった経緯について校長が語ると、何人かの生徒たちはショックを受けたように、口元に手を置いて驚いている様子が見受けられた。

 ある程度オブラートに包まれてはいたが、人が命を落としてしまうほど隠して抱え込んでいたことを、数百人近くもいる生徒たちに話すのはどうなのかとも美玖は思っていたが、もう二度と彼女のように苦しい思いをする人を生み出さないための講和だというのも重々承知していた。


 集会が終わり、美玖は須崎に話があると屋上に呼び出された。

 数年ぶりにやって来た屋上から見える景色は、沿岸部の街を見下ろすにはとても見晴らしがよく、加えて今日は特段に天気も良かった。


「妻の傍に居ようと思うんだ」


 日光に反射しキラキラと光っている海を見下ろしながら、彼が呟いた。

 奥さんとの出逢い、彼女へ抱いている彼の想い、彼女の心の異変に気付いてあげることが出来なかった深い後悔。その全てを彼は包み隠さず話してくれた。

 そこには美玖がずっと知りたがっていた、彼の真実がすべて含まれていた。


「妻と離れた後、この学校に赴任することになって。何に対しても気力が沸かない時に、君を見つけたんだ」


 初めはフラフラと目の焦点も合っていないような雰囲気で屋上に向かって言った彼女を不審に思い、彼女の後を追いかけたが、四階建ての校舎から両手を広げて飛び降りようとしている美玖の姿を見て、すぐに妻の姿が重なって見えたと話していた。

 最初は妻にしてあげることが出来なかったことを美玖にしてあげたいという気持ちだったのだが、彼女と接していく中で、美玖からの真っすぐな想いを待っ正面から受け止めることに戸惑いを感じてしまい、しかしその真っすぐな想いに彼自身の心が救われていたというのもあり、曖昧な反応のまま、美玖の想いに甘えてしまっていたことも話してくれた。


「本当にすまなかったと思っている。若い君の気持ちを玩ぶような事をしてしまって」

「大丈夫です、なんとなくそんな気はしていましたから…」

「でも君のことを徐々に考えるようになってきたのは本当だったんだ。君の透き通った真っすぐな想いに、心が弱っていた僕は思わず逃げ込んでしまった。だけど、それは"愛"とかでは無かったんだと思う」


 当時の自分が耳にしたら、きっと絶望に打ちひしがれ、しばらく立ち直ることは出来なかっただろうが、不思議と今の自分には須崎の言葉がすんなりと受け入れることが出来るようになっていた。


「先生」


 全てをようやく知ることが出来た美玖は、最後の我儘を彼にぶつけた。


「もう一度、先生の部屋に行きたいです」

黒瀬リュウ ( 2021/11/12(金) 16:53 )