05
タクシーで来る分にはあっという間に感じていたが、実際に歩いて向かうとなると、かなりの時間が経ってしまった。
夜もすっかりと更けており、真っ暗な夜道の中で唯一頼りになるのは、ぽつぽうと数十メートルおきにひとつずつ置かれてある弱々しい街灯と、その倍以上の感覚で離れた場所に点々とあるコンビニエンスストアの眩しすぎる光だけだった。
しばらく歩いてようやく病院のエントランス口まで戻ってくると、ちょうど彼女の前に一台のカローラが停車した。
中からは気力がすっかり抜け落ちた中年の男が一人、背中を丸めたまま降りてきていた。
「先生」
彼を呼び止める声にゆっくりと振り向くと、自分が病院を出発する前に先に帰ったはずの教え子が、足元をボロボロにした状態でそこに立っていた。
「金村…」
「へへっ、戻ってきちゃいました」
「どうしたんだ、その足。新田くんは…?」
彼は着ていたコートを脱ぐと、すぐに美玖の足元に駆け寄り、彼女の足をそれで包んで温めてくれた。
正直、そんなもので無くなりかけていた足の感覚がどうにかなるものではなかったが、今の美玖にはそんなことはどうでもよく、ゆっくりと腰を下ろすと、同じ目線に合わせ、須崎をじっと見つめた。
「私、先生に呼ばれた気がしたんです…」
彼女がそう呟くと、須崎はじっと見つめ返したまま、少しずつ目元が潤んでいくのが分かった。
ボロボロと抑えきれなくなった涙を下を向いて溢しながら、彼がアスファルトの地面の上を拳で何度も叩きつけた。
「何か、何かきっと方法があったはずなんだ…!彼女の苦しみを…悲しみを…、すべてを解放してあげられる何かが…。でも、僕はそれを彼女に与えることが出来なかった…!」
須崎がこんなにも感情的に涙を流しているのを初めて目の当たりにした。
あの時、初めて彼と出会った時。
彼の目の前で飛び降りてしまっていたら、その時も彼はこんなに涙を流していたのだろうか。
蹲って泣きじゃくる須崎の大きな体を、美玖は包み込むように抱き締めた。
「ひなのちゃんはきっと目を覚ましてくれます。そうしたら今度こそ私たちで彼女を支えてあげましょう?」
その言葉に安堵したのか、荒々しくなっていた須崎の呼吸も少しずつ落ち着いてくるのが分かった。
美玖は抱きしめる腕を緩めて、再び彼と顔を見合わせると、とろんとした弱々しいその瞳を見つめながら、彼に語り掛けた。
「大丈夫。あなたなら、きっとひなのちゃんを救える。私も救われたんだから」
美玖の言葉に須崎は小さく頷くと、目元の涙を腕で拭った。
二人はゆっくり立ち上がると、共に並んで病院の中へと歩いていった。
翌朝になって、集中治療室から出てきたひなのの母親が、廊下に置かれた小さなベンチに、須崎と美玖が座ったまま並んで寝ているのを見かけ、看護師たちから借りた毛布を二人にそっとかけてあげていた。