05
出された紅茶を飲み切り、沈黙の中、美玖は重い腰をゆっくりと上げた。
「私、そろそろ帰りますね」
「あっ、呼び止めちゃってごめん」
「いえ」
「そうだ、ちょっと待って」
須崎はそう言うと徐に戸棚を開けて何かを取り出した。
「卒業式前に借りてた"オーネット・コールマン"のレコード。返すのにずいぶん時間がかかってしまったけど」
「あっ、いえ。全然。それじゃあ私も…」
そう言って美玖はカバンの中から例の本を取り出した。
「『星の誕生と最期』、あの時の"宿題"。今、提出します」
「大事にしてくれてたんだ。ありがとう」
「遅くなっちゃって、ごめんなさい」
「ふふっ、お互い様だからいいさ」
須崎に一礼し、部屋を出ようとしたとき、美玖の背中を彼が呼び止めてきた。
「金村」
「はい?」
「なんだか…、ううん、素敵になったね」
「えっ…?」
「最初会ったとき、雰囲気が何か違う気がしたんだ。大人になったってことなんだろうね」
彼なりの最大限の褒め文句を言ってくれているのであろう。
だが美玖はその言葉を素直に受け取れるような気持ちの余裕は、その時持ち合わせていなかった。
「先生は相変わらずですね。言いかけた言葉を諦めて、すぐにはぐらかすところ」
自分でも冷たい言葉で突き放してしまったのは感じていた。
だが心の中で、素直に彼との再会を喜べない自分がいることは確かであった。
須崎は「そうだね、ごめん」と一言言うと、それ以上何も言わなくなってしまった。
美玖はそんな彼に再び一礼すると、理科準備室のドアをゆっくりと閉めた。