第二章
05
 出された紅茶を飲み切り、沈黙の中、美玖は重い腰をゆっくりと上げた。


「私、そろそろ帰りますね」

「あっ、呼び止めちゃってごめん」

「いえ」

「そうだ、ちょっと待って」


 須崎はそう言うと徐に戸棚を開けて何かを取り出した。


「卒業式前に借りてた"オーネット・コールマン"のレコード。返すのにずいぶん時間がかかってしまったけど」

「あっ、いえ。全然。それじゃあ私も…」


 そう言って美玖はカバンの中から例の本を取り出した。


「『星の誕生と最期』、あの時の"宿題"。今、提出します」

「大事にしてくれてたんだ。ありがとう」

「遅くなっちゃって、ごめんなさい」

「ふふっ、お互い様だからいいさ」


 須崎に一礼し、部屋を出ようとしたとき、美玖の背中を彼が呼び止めてきた。


「金村」

「はい?」

「なんだか…、ううん、素敵になったね」

「えっ…?」

「最初会ったとき、雰囲気が何か違う気がしたんだ。大人になったってことなんだろうね」


 彼なりの最大限の褒め文句を言ってくれているのであろう。

 だが美玖はその言葉を素直に受け取れるような気持ちの余裕は、その時持ち合わせていなかった。


「先生は相変わらずですね。言いかけた言葉を諦めて、すぐにはぐらかすところ」


 自分でも冷たい言葉で突き放してしまったのは感じていた。

 だが心の中で、素直に彼との再会を喜べない自分がいることは確かであった。

 須崎は「そうだね、ごめん」と一言言うと、それ以上何も言わなくなってしまった。

 美玖はそんな彼に再び一礼すると、理科準備室のドアをゆっくりと閉めた。 

■筆者メッセージ
いや、CDTV最高過ぎ。
黒瀬リュウ ( 2021/10/26(火) 14:52 )