第二章
02
 ミンミンゼミの鳴き声がせわしなく鳴り響き、頭を突き刺すように騒がしい夏。

 美玖は二年ぶりに駅から学校までの坂道を歩いて登っていた。

 夏休み期間ではあったが、部活動にいそしむ生徒たちの為、スクールバスは運航をしていたが、既に生徒ではない為、自分が乗るべきではないと判断し、歩くことに決めたことを、彼女は登りながら後悔していた。

 久々にこの山を歩いて登ったため、足が少しピリピリとしびれている。

 次回からはバスに乗せてもらおうと、心にそう決めた瞬間であった。


 ようやく校舎に辿り着くと、校門から眺める景色が一気に彼女を当時の感覚へと引き戻していた。

 悪い想い出もあるが、それと同時に良い想い出もあるこの学び舎に、再び足を踏み入れるのは、わずか二年という月日しか経っていないが、少し感慨深く感じた。


 下駄箱が置かれた入り口ではなく、来客用の入り口からスリッパに履き替えて、中へと入った美玖は行き先を一瞬悩みながらも、足を"音楽室"へと向かわせた。

 教室の中に入ると、懐かしい面々が並んでおり、ドアが開かれた音で一斉にこちらに顔を向けられた。


「美玖センパイ!」


 美玖が入ってくるのを確認するなり、走って彼女に飛びついてきたのが、上村ひなのであった。

 卒業してからもたびたび連絡を取り合ってはいたが、このように顔を合わせるのは卒業式以来で、最上級生となった彼女であったが、相変わらずの幼顔に実年齢よりもさらに子供に見えてしまうのは相変わらずだった。


「センパイ、すっごく会いたかったです」

「ありがとう、私もひなのちゃんに会いたかったよ」


 抱きつく彼女の頭を我が妹のように優しく撫でていると、それを微笑ましく見ながら久美が近付いてきた。


「やっと来た、みんな美玖待ちだよ?」

「えっ、そうだったの?ごめん」

「じゃあ、そろそろ始めるか!」


 綾人の声に他の生徒たちが動き出し、一斉に部屋のカーテンを閉め、電気が真っ暗になった。

 何事かと、ひなのがキョロキョロ周りを見渡していると、隣接されている楽器保管室から灯されたロウソクを数本立てた小さなケーキを持って、一人の男子生徒がやってきた。

 彼も同じ吹奏楽部の三年生で、ひなのとは同じクラスの横山という生徒だった。


「ひなの、ソロコンクール、金賞おめでとう!」

「えっ、うそっ…」


 彼女から先日、県内で行われたコンクールのソロ部門で、金賞という華々しい結果を残すことが出来たと報告があった。

 そんな彼女を盛大に祝おうと、久々に皆が集結するこのタイミングでサプライズを決行することになったのだ。

 しかしひなのはサプライズに驚きすぎたのか、目を丸くさせてケーキを見つめるだけで、返す言葉が出てこない。

 美玖はそんな彼女の背中を優しく擦り、ロウソクを息で吹き消すように促した。

 ひなのはうんと頷くと、ふうっと息を吹きかけ、4本立てられたロウソクは一気にその火を消し去られた。

 真っ暗となった部屋の中で他のメンバーから拍手が起きた。

 喜んでいるであろうひなのの表情が見えないため、美玖が電気をつけようと振り返った瞬間、部屋中の電気がつけられた。

 スイッチの方に目を向けると、須崎が微笑ましそうにこちらを見ながら、その手は部屋の電源に置かれてあった。


「あっ、先生!」


 元部長が声をかけると、彼は久しぶりと卒業生たちに声をかけてきた。

 美玖は少し反応に戸惑ったが、すぐに笑顔を取り繕うと、お久しぶりですと答えた。

黒瀬リュウ ( 2021/10/26(火) 03:19 )