06
結局、美玖は一番目が惹かれたショーケース内のアルトサックスを選ぶことにした。
楽器を手に音楽室に戻ると、須崎は一瞬驚いていたが、すぐにいつものような優しく朗らかな表情に戻ると、似合っていると褒めてくれた。
そのことになんだかとても嬉しくなった美玖は、楽器を繋ぎ止めているネックストラップをぎゅっと握りしめた。
演奏方法については、テナーサックスを担当していた久美と同じクラスの柊 綾人が楽器を吹く際の口の形や、指の配置場所など、手取り足取り教えてくれた。
懇切丁寧に教えてくれているものの、慣れない指の動かし方に戸惑い、何度も間違えてしまったが、綾人は慌てなくてもいいと優しく接してくれた。
「あれぇ、女の子相手だからって、鼻の下伸ばしながら教えてるー!」
トランペットを吹くのを止めた久美が、二人を茶化すように隣の席から話しかけてきた。
後で分かったのだが、久美と綾人は交際しているらしく、小学校からの幼馴染だと話していた。
「そんなことねえよ。1年の時、同じクラスだったから、なんとなくどう接したらいいかが分かるだけ」
「本当かなぁ。あっ、そういえば綾人が1年の時に好きだった女の子って、まさか…?」
「ち、違うから!全然違う人!ちょっと変なこと言うなよ、教えづらくなるだろ!」
「美玖ちゃん、コイツに何か変なことされたら、すぐに私に言っていいからね。やられた分だけ、倍にして返してあげるから」
新入部員を挟んで揉め合う二人を、間から笑って見ていると、その先にいる指揮台の上に座って微笑ましくその様子を見ていた須崎と目が合った。
須崎は優しい微笑みのまま小さくうんと頷いてみせた。
その頷きに美玖はこのやりとりがいつものことであると言うことと、この場所に自分が存在してもいい場所なんだということを教えてもらえたような気がして、また嬉しくなった。