05
それから彼女は理科準備室に通うことが日課になりつつあった。
父のレコードプレイヤーがまだ家にあると伝えると、須崎も自宅にプレイヤーが置いてあることを教えてくれた。
互いのお気に入りのレコードを持ち寄り、交換してはその日の内に聴き入って、次の日には感想を伝える。
自分の好きな物を紹介するのは、何だか自分の全てをさらけ出しているような気がして、少し恥ずかしい物でもあったが、それでも彼に自分のことをもっと知ってもらいたかった。
夏休みに入っても毎日、美玖は彼の元へと通い続けた。
ある日の事、須崎から顧問を務めている吹奏楽部の練習を覗いてみないかと誘われた。
同世代の生徒とは話が合わないことを危惧した美玖は一度は断ったが、部員数も少なく、変わった顧問のせいで、生徒たちの趣味嗜好も似たような者たちが多いという話に釣られてしまい、音楽室を訪ねてみることにした。
教室に入ると、6名の生徒たちが、円弧を描くように座り、トランペット、トロンボーン、テューバ、テナーサックス、フルート、そしてドラムを演奏していた。
「みんな」
決して見事とは言えないアンサンブルを奏でていた生徒たちを、須崎は両手を何度か叩いて呼び寄せた。
「今日、見学に来てくれた、金村さん。…あっ、えっと、下の名前、なんだったっけ?」
「あっ、美玖です。3年2組の金村美玖」
「そう、金村美玖さん。彼女もジャズが好きみたいだから、よかったら仲良くしてあげて」
須崎の言葉が終わると、トランペットを抱えていた女子生徒が一歩歩み寄って、彼女に右手を差し出した。
「私、部長をやってる4組の佐々木久美。よろしく」
「あっ、よろしく…」
「金村さんは何か楽器は出来るの?」
「演奏は経験したことが…、今まで聴くぐらいで…」
「じゃあ今日は試しに吹いてみよっか。何の楽器が好き?」
すると部長は美玖の手を握ると、楽器保管室へと案内してくれた。
中にはわずか6名の部員数には勿体無いばかりの楽器ケースが、所狭しと保管されていた。
もともと部員数も50を超える大所帯だったそうだが、少子化と部活の人気不足により、徐々に人が少なくなっていったそうだ。
それにより先人たちが後輩のためにと残していった楽器の数々が、遺物としてそこに残ってしまっていた。
見たこともない楽器の量に目を丸くさせていた美玖であったが、一つだけショーケースに飾られた楽器に目が止まり、それの前に足が動いていった。
「それに目をつけるなんてさすがだね」
「えっ…?」
振り返ると部長の久美が誇らしそうに笑いながら、美玖の様子を見ていた。
「それ、須崎先生が高校時代に使ってた物なんだって。年代物らしいんだけど、未だに手入れをしてて、音は変わらず綺麗なままなんだってさ」
ショーケースに飾られたアルトサックスは、年代物と言われるほどの色褪せは感じられず、まるで新品と言われても何の違和感も抱かないほど、美しく金色に光り輝いていた。