04
コンコン。
理科準備室のドアが音を立てた。
須崎は音のした方に顔を向けると、髪の濡れもすっかり乾ききった少女が、こちらを不安げな表情で見ていた。
「ああ、金村。大丈夫だった?」
こちらが尋ねる前に、須崎にそう問いかけられてしまった。
美玖はその言葉をそっくりそのまま彼に返したい気持ちでいっぱいだった。
教師同士の揉め事は瞬く間に学校中に広まり、須崎と春日はすぐに校長室へと呼び出されていた。
およそ一時間弱、室内から出てこなかった様子から、校長や教頭たちから相当注意をされていたのが容易に想像できる。
美玖はゆっくりと理科準備室の中に入り、そのドアを閉めた。
「先生、どうしてあそこまでしてくれたんですか…?」
彼女の質問に須崎はさっきまでの剣幕が嘘だったみたいに、にっこりと優しい笑顔で答えた。
「どうしてかな、僕も普段はあんなに怒る方じゃないんだけど。居ても立っても居られなくなってね。あっ、座っていいよ」
四角の木製の椅子を取り出した須崎は、それを自身のデスクの近くに置いた。
美玖は彼の指示に従い、ゆっくりとその椅子に腰を下ろした。
「金村、音楽とか興味ない?」
何を話したらいいか、言葉に詰まっていると、彼はいつもそれを察してか、全く関係のない話題を取り出してくる。
突然の問いに答えられるような準備は全くしていないため、いつも答えるのに少し時間がかかってしまう。
しかしそんな美玖に須崎はイライラ急かしたりなど一切せず、彼女の答えが出てくるのを真っ直ぐ目を見つめて待ってくれていた。
「音楽は、よく聞きます」
「へぇ、どんな?やっぱり今流行りのポップスとか?」
「じゃ、ジャズとかをよく…」
そう答えると彼は目を大きく開かせて驚いていた。
これまでも同世代の子たちとの話題で、好きな音楽について尋ねられることがあったが、こう答えてしまうと、大体の反応は驚き、その異質さに引かれてしまい、それ以降、彼女の前からその話題は無くなってしまう。
またやってしまった。後悔の念に押し潰されそうになっていると、須崎は再び優しい笑顔で話しかけてきた。
「奇遇だね。僕もジャズが大好きなんだ」
「えっ…」
「"ビル・エヴァンス"、"チャーリー・パーカー"、"マイルズ・デイビス"、あとは他にも色々。金村は好きなミュージシャンはいるかい?」
「わ、私は…、"ソニー・スティット"が…」
「へぇ、なかなか渋い所を選ぶんだね。アルトサックスが好きなの?」
「父が、昔から好きで…。小さい頃から一緒にレコードで聴いたりしてて…」
美玖の言葉に一つ一つに、須崎はニコニコと笑顔で反応してくれる。
今まで自分のことを話しても、誰かが理解や興味を示してくれたことはなかったため、次第に美玖も話していく口調が軽やかなものになっていっていた。