01
大粒の雨が雷と共に街中に降り注いでいる。
雷鳴で目が覚めてしまった彼女は、呑気に隣で寝息を立てている旦那を起こさないようにそっとベッドから降り、リビングに向かい、キッチンに置いてあるグラスを一つ手に取り、水道の蛇口を回して水を入れた。
先日、夫の母親から常に良い物を摂取するようにと半ば無理やり取り付けられた浄水器から出てきた水は、確かにこれまでの金属のような後味が無くなっており、非常に飲みやすい代物に代わっていた。
「ママ…?」
水を飲みながら、外の大雨の様子を眺めていると、同じように雷鳴で起きたのか、16の娘が自分の部屋から寝ぼけ眼を擦りながら、リビングへとやってきた。
眠れなくなったのかと尋ねると小さく頷いた娘に、彼女は同じようにグラスをもう一つ用意すると、冷蔵庫からオレンジジュースが詰まった瓶を取り出し、そこに注いだ。
「はい、もう夜遅いから一杯だけね」
「ありがとう、ママ」
オレンジジュースを一口飲むと、ソファーに座っていた娘は小さくため息を一つ付いた。
16年も間近で彼女の様子を見てきた母親にとって、娘がため息をつくときは何が起きている時なのか、それを想像するのは容易なことだった。
「何か、悩み事?」
「えっ」
「顔に『悩んでる』って書いてある」
冗談でそう言ったのだが、それを信じた娘は自身の顔をペタペタと触り、確認をしていた。そんな彼女を横目に微笑みながら、母はまた一口水を口にした。
「学校でなんかあった?」
そう尋ねると、娘は神妙な面持ちでその問いに答えてくれた。
「学校行きたくないなって」
「どうして?お友達と喧嘩でもした?」
「ううん、そんなんじゃなくて」
「じゃあどうして?」
娘はまた一口オレンジジュースを飲んでから、少し考えこみ、ようやくその重たい口を開いた。
「好きな人とね、ちょっと口喧嘩しちゃって…」
「あちゃぁ…」
「その人の事、本当に好きなのかなぁって不安になっちゃって。顔を合わせづらいっていうか…」
「そっか、そんなことがあったか」
娘の心情を察し、ただただ話を聞くだけに徹していると、彼女が不安そうな表情のまま、こちらに聞いてきた。
「ママは、パパと喧嘩したことある?」
「えっ…?」
「喧嘩して、嫌いになっちゃったりしなかった?」
娘の問いかけに彼女はうーんと少し考えた。
「確かにパパとはしょっちゅう喧嘩したりしてるから、嫌いって思ったことも、何度かあったなぁ」
「でもそれでもパパとママは離婚してないでしょ?どうして?」
「それは、"愛"があったからよ」
自分でも恥ずかしいことを口にしたと思い、顔が少し赤くなっていったのが分かった。
それを誤魔化すように水を飲んで冷やしていると、娘が神妙な面持ちのまま、また物思いに耽ってしまった。
「私には"愛"が足りてないのかなぁ」
「そんなことないと思うわよ。愛が足りてないんだとしたら、こんなに悩んだりしないわよ」
「でも…」
悩み続ける娘の横に座り、母は彼女の頭を撫でながら、昔話を話すことを決めた。
「"愛"だけじゃ、どうにもならない時だってあるんだから」
「どういうこと…?」
「パパには絶対内緒ね。ママがあなたぐらいの歳の話…」
昔話を家の外には出さまいと、大雨がより激しさを増して、彼女たちの家の周りを包み込んでいた。