第六章『確証』
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 翌日。下校時のホームルームが終わり、篠田が帰りの支度をしようと引き出しの物をリュックの中に詰め込んでいると、教室前方から笠井がバタバタと足音を立てながら、駆け足でこちらへと近づいてきた。

 あまりの彼の勢いに、篠田も思わず驚いて、身をすくめてしまった。


「篠田、篠田、篠田!!!」

「な、なんだよ…。急に…」

「オレ…、ついにやったよ…!」

「やったって、何を…?」

「デートだよ!渡邉さんに話をして、今度デートしてもらえることになったんだ!」


 そういえば、夏休みに入る直前にそんな話を彼としていたことを思い出した。

 確か小坂にお願いをして、2人で会うように時間を作ってもらってたはずだったが、その後どうなったのかまでは興味なく、篠田は把握していなかったのだ。


「でもあれって夏休み前の話じゃなかった?かなり時間かかったんだな」

「いやぁ、実は、篠田が頼んでくれた時は断られちゃってて…」

「あっ、そうだったんだ…」


 無理もない。こちら側からしたらずっと想い続けている人物であっても、相手からしたら一瞬だけ会った人物のことなど、そう長く覚えているものではない。

 そんな人物が友人の知り合いだといえども、会ってくれないかと言われたら、篠田ですら会うかどうか悩むところであろう。

 いや、むしろ面倒に感じて行かないという選択を自分ならしそうだと、篠田は思った。


「それで今度は自分から直接お願いしようと思ってさ」

「すごいな、断られたのに自ら行ったのか…」

「いや、まあ、なんていうか、誰かにお願いして終わるのって、なんか自分の中で不完全燃焼っていうか。そういうとこ、俺バスケ部だからさ」


 部活動の種類は関係あるのかと思ったが、彼の精神力の強さは確かなもののようで、篠田はむしろ感銘を受けていた。


「それで日向坂高校の近くまで行ったら、なんかチンピラに絡まれてる渡邉さんたちを見つけたんだよ」

「えっ…?」


 なんとなく流しながら聞いていた彼の話も、たった一言が気になり、思わずしっかりと聞き耳を立てるようになった。

 彼女たちが通う高校周辺は至って平穏な地域であり、彼女たちが巻き込まれそうなチンピラなどは見かけたことも聞いたこともなかったのだ。


「俺、慌てて警察呼んでさ。なんとか助けられたんだけど、その弾みで思わず誘ったら、上手くいったんだよね!」

「ちょっと待ってくれ。色々情報量が多いんだけど、チンピラに絡まれてたって?」

「ああ、なんかすっごくガラの悪いやつらが、渡邉さんとかそのお友達の肩を抱いて、車に乗せようとしてたんだよ。マジで危なかったんだ…。俺、1人で行った時、すげぇドキドキしたもん…」

「どんな奴だった?」


 実はずっと聞き耳を立てていた緒方が、2人の間に割って入るように会話に参加してきた。

 突然の乱入に流石の笠井も緊張を隠せないようで、少し表情を強張らせたまま、彼の問いかけに答えた。


「なんか色々ジャラジャラキーチェーンとかネックレスとかぶら下げてて、格好はスタジャンとかダメージジーンズとか、本当いわゆる"ヤンキー"って感じの奴らだったよ」

「他になんか特徴は?自分たちのグループ名、名乗ってたりとか」


 どうしてそこまで彼がこの話に興味を示してくるのか分からなかったが、笠井はなんとか大脳側頭葉にある海馬を働かせ、覚えている限りのことを話した。


「確か、リーダーっぽい人の首筋になんかタトゥーみたいなのが入ってるのが見えた気がするな…。なんかの模様なのかわかんないけど、確か"ドラゴン"だった気がする」


 笠井がそう答えると、緒方はそうかと呟き、少し俯いた。


「どうした?なんか知ってるのか?」


 篠田の問いかけに緒方は少し考えてから、その口をゆっくりと開いた。


「俺の知ってる限りだと、多分そいつ"SLOW"のチンピラまとめてる榎木って男だ…」

「はっ?どういうことだよ、なんで半グレなんかが日向坂高校に…?」

「前にも言っただろ、足木さんは気に喰わない人間を徹底的に潰しにかかるって。きっとお前があそこの生徒さんたちと仲良くしてるのバレたんだろ」

「そんな…」

「アイツら、多分本気だぞ」


 篠田と緒方が神妙な面持ちで話す中、全く会話に入っていけない笠井はどういうことなのかと、必死に彼らの表情から読み取ろうとしていた。

■筆者メッセージ
仕事の都合で、更新が日付を跨いでしまいました…。
申し訳ない…!
黒瀬リュウ ( 2021/12/02(木) 03:50 )