08
進路指導が終わり、教室に戻ろうとした矢先、入り口付近で緒方と鉢合った。
お互いの顔を見て、一瞬の沈黙が流れ、篠田がおうと声をかけるも、相手はそれに対して反応する素振りを全く見せず、彼の横を通り、教室を後にしていった。
あの日、屋上で話してから、彼とは全く言葉を交わしていない。
二人の関係はすでに切り裂かれてしまっているのは分かってはいたが、やはり一番最初に声をかけてくれた友人として、彼との関係をこのような形では終わらせたくはなかった。
だが今為せるようなことは特になく、諦めて夕暮れの教室に戻り、篠田は一人、下校の支度をしていると、クラスに残っていた複数の男子生徒たちが、教室の端からこちらに少しずつ近づいてきた。
「な、なあ、篠田」
男子生徒の一人が緊張からか、声を震わせながら話しかけてきた。
これまで緒方以外のクラスメートに話しかけられたことなどなく、篠田は少し驚いて体をびくっと震わせ、何事かと肩に力が入ったまま、相手の方を見る。
「なに…?」
「お前さ、日向坂高校の生徒達と仲がいいって本当?」
あまりにも予測していなかったことの連続で、彼の頭は処理が追い付いていなかったが、ようやく相手が伝えたいことを理解すると、相手にその真意を尋ねた。
「まあ、仲良いっていうか、向こうに友達はいるけど。なんで?」
「いや、なんかこないだ原宿でお前と日向坂高校の女子が歩いてたっていうのを見たっていうやつがいてさ。もしかしてなんだけど、"女バス"の渡邉美穂って人、知ってる?」
「渡邉?ああ、知ってるけど」
突如名前を聞かれ、誰のことだったかと思い返すのに時間がかかったが、小坂の友人で、謎に審査員気取りをしていた彼女の友人のことを思い出し、篠田は首を縦に振った。
すると男子生徒はその答えに気持ちが昂ったのか、口調が少し早口になり、彼に一歩さらに近付いてきた。
「マジで!?連絡先とか知ってたりする?」
「いや連絡先までは知らないけど。一応、友達の友達かな」
「実は俺、バスケ部なんだけど。2年のとき、交流試合で日向坂高校のコート借りたことがあって。そんときに一瞬会っただけなんだけど、一目惚れに落ちてさ。もしよかったらなんだけど、その友達に言って、なんとか会わせてもらえないかな。頼む!」
なんだか面倒なことに巻き込まれそうな予感がしたが、彼の勢いとあまりにも純粋な眼差しに、篠田も聞くだけ聞いてみると曖昧ながら返答をせざるを得なかった。
すると彼は篠田の両手を握って大きくそれを振り、ありがとうと半ば大げさ気味に喜んだ。
「ありがとう、本当にありがとう!恩に着るよ!」
「別にいいけど。ってか、お前誰だっけ?」
「えっ、同じクラスの笠井だよ。一応、三年間同じクラスなんだけど…」
人との関わりを避けてきた彼にとって、関わることの無い人物の名前を覚えることなど不要だと考えており、緒方以外のクラスメートの顔と名前を誰一人覚えていなかった。
そのため相手の少し悲しそうな表情を見た篠田は、悪いことをしてしまったと感じ、苦笑いを浮かべながら小さく、悪い、と一言詫びを入れた。