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六月、七月と長かった日々が過ぎ去り、ミンミンゼミがあちこちの木々に止まり、騒々しく鳴き出した頃。
着崩した学ランを脱ぎ捨て、半袖姿の制服に身を包んだ篠田は、学校終わりに一人、若者たちの聖地、原宿へとやって来ていた。
数日前、小坂から買い物に付き合ってほしいというメッセージが届いた。
彼女とはあれからも通学時の電車内で何度も顔を合わせてはいたが、こうして学校終わりに何かを一緒にしたいと誘われるのは初めてで、篠田自身、少し緊張をしていた。
新しく生まれ変わった原宿駅の入り口付近で彼女の到着を待っていると、人ごみの中にトリケラトプスのぬいぐるみが付いたカバンがこちらに少しずつ近づいてくるのが分かった。
小坂は彼の姿を見つけると、にっこりと笑顔を見せながらこちらに手を振って近づいてきた。
篠田もそれに返すように手を振ったが、小坂の他に見知らぬ誰かが二人、彼女と一緒に近づいてきていることに気付き、少しずつ手を振る速度が緩まっていった。
「えっと、どちら様?」
篠田が少し不審げに尋ねると、ローツインテールの少女と巻紙ロングヘアーの少女二人が挨拶をしてきた。
「はじめまして、菜緒ちゃんのクラスメートの渡邉美穂です」
「同じくクラスメートの丹生明里です!」
金村以外の友人がいたことに少し驚いたが、小坂の雰囲気からして、他に友達がいないというのはあり得ないだろうと、彼の中ですぐに合点がいった。
「菜緒ちゃんが原宿に買い物に行きたいって言うんで、私たちも一緒に付いてきちゃいました」
「あなたが噂の野田高の生徒さん?どんな人なのか、会ってみたかったんです!思ってたより、おっきいんですね!春日先生と同じぐらい?いや、それ以上かも!」
巻紙ロングヘアーの渡邉とローツインの丹生が交互に言葉をかけてくる。
特に丹生はこちらのことなど全くお構いなしに、全く知らない情報を重ねながら矢継ぎ早に話しかけてくる。
二人の対処にどうしたらいいか戸惑っていると、その二人の向こう側に少し気まずそうに笑っている小坂の姿が見えた。
すると彼女はこちらの視線に気づいてから、何かをスマホに入力し送信した。
篠田の携帯が震え、画面を確認すると彼女から「ごめんなさい、迷惑でしたか?」とメッセージが届いていた。
彼はそれを確認すると、小坂に優しく微笑んでから、小さく手振りをやって見せた。
<全然、迷惑じゃないよ>
その意を表した手話を彼女にして見せると、小坂は目を見開かせて驚いたような表情を見せた。
緒方と喧嘩別れをしてしまい、校内で完全に孤立してしまった彼は、手話の勉強に学校生活の時間のほとんどを注ぎ込むことにした。
休み時間は金村から貰った分厚い教材を読み進め、授業中も教師に気付かれないように耳にイヤホンを付けて、携帯をペンケースの中に隠し、手話解説の動画を授業よりも真剣に聞いていたのだった。
そのおかげで、思い出しながらになるのでたどたどしくはあるが、自分が伝えたい事、相手が伝えたい事が何なのかがしっかりと判別できるぐらいに手話を扱えるようにはなっていた。
篠田が手話をしていたのを見て、渡邉は後ろに立つ小坂の方を見た。
彼女が驚いた後に嬉しそうに笑っている姿を見て、何かを察したのか、篠田に話しかけてきた。
「手話使って、二人でこっそり何話したんですか?」
「えっ、いや、別に大したことじゃ」
「ふうん。めちゃめちゃ気になるところですが、いつまでもこんな人通りの多いところに留まってるのも迷惑ですし、別な所に移動して、ゆっくり話聞かせてもらいますからね」
何を話さないといけないのか、少し戸惑ったが、丹生とスマホの画面を一緒ににらめっこしている小坂を一瞥してから、篠田は分かったと首を縦に振った。