第四章『不思議』
04
 渋谷署から駅まで歩いている道中、篠田は金村の腕を引き寄せた時のことを思い返していた。

 ぐっと彼女の腕を引いたときに、ふわっと感じた彼女の甘い香り。シャンプーの匂いなのか、柔軟剤なのか、はたまた香水なのか。その正体はわからなかったが、何故かあの瞬間、彼女と視線を交わすことに少し気恥ずかしさからの抵抗を感じた。

 何故あんなにもどぎまぎしてしまったのか考えながら歩いていると、突然ビルとビルの隙間から腕が伸び、彼の腕を掴んで路地裏へと連れ込まれた。


「いった、何すんだ!」


 強く掴まれた手を振り払い腕を擦っていると、路地裏の暗がりでよく見えなかった相手の顔がようやく見えてきた。

 まったく見覚えがない顔というわけではなかった。その相手は半グレ集団SLOWのメンバーで、リーダーの足木という男の傍にいつもいる大柄のスキンヘッドの男だった。


「アンタか、急に何なんだよ」

「お前、なんでパクられてた?」

「はあ?何のことだよ」

「質問に答えろ。なんでサツにパクられたんだって聞いてる」


 スキンヘッドの男は全く表情を変えないまま、篠田を睨みつけていた。

 2,3メートルほど距離は離れていたが、その体格の大きさの威圧感と路地裏の窮屈さから、篠田は圧倒され、少し動揺してしまっていた。


「別に、ちょっとしたケンカだよ」

「SLOWのことは話してないな?」

「話してないし、そもそも俺、アンタらの仲間に入った覚えないから」


 男はゆっくりと篠田に近づくいてきた。変わらない威圧感に少したじろぎ、篠田は少し後ろに下がった。


「お前はもう"こっち側"に足を突っ込んでんだよ。今更関係ないフリなんか出来ると思うなよ」


 男は芯に突き刺すような低い声で呟くと、篠田の横を通って、路地裏から出て行った。

 残された篠田は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 先程まで巡っていた頭の中のことは、すでにスキンヘッドの男の言葉にすり替わっていた。

黒瀬リュウ ( 2021/10/19(火) 17:06 )