06
春休みが始まり、桜の花もほとんどが散ってしまって、緑の葉が少しずつ生え始めていた頃、昼夜が完全に反転した生活を送ってしまっていた篠田はお昼過ぎに目を覚まし、ようやく自分の部屋から足を外に出した。
リビングにやってくると、拘置所から脱走した殺人犯の行方を不安視するニュースを見ながら、テレビに向かって話している母と嫁いで行ったはずの姉がいた。
姉の麻里子は弟の起床に気付くと、テーブルの上にあったクッキーを食べながら、こちらに声をかけてきた。
「おっ、やっと起きたか、不良少年」
「なんだ、また来たのかよ」
「何その反応、せっかく愛しのお姉ちゃんが帰ってきたんだから、もっと素直に喜びなさいよ」
姉は基本的に物事をよく考えずに言葉を発することがよくある。その場のノリと勢いというものだ。
十数年も共に生活していると、そんな人間の相手をすることなど、彼にとって容易い事であった。
「翔太は、今日連れてきてないの?」
「お義母さんがどうしても買い物に一緒に行きたいっていうから、預けてきた」
「いいのかよ。向こうの人、結構金遣い荒いんだろ?」
「だから"高い物だけは断りなさい"って翔太に叩き込んできたから、大丈夫。それにたまには私もゆっくり休みたかったし」
大きく伸びをしながら、クッキーをまた一つ頬張る姉とその隣に座る母親の背中をよそ目に、少し気になっていたことを二人に尋ねた。
「なぁ、俺が小さい頃、親父によく博物館とか連れて行ってもらってたよな」
「ああ、そんなこともあったわね」
「そんときさ、親父と俺の他にもう1人誰かいた気がしたんだけど、姉ちゃん、一緒に行ってた?」
彼の問いかけに麻里子も思わず振り向いて、彼のことを見てきた。
「私、行ってないわよ。誰かと間違えてるんじゃない?」
「姉ちゃんじゃなかったか」
予想が外れ、少し落胆していると、母が少し何かを思い出したかのように、テレビを見つめたまま答えてきた。
「そういえばお父さんが生きてた頃、あんたとすごく仲良かった女の子いたわね」
「"女の子"…?」
「そう。可愛らしい感じの子。あの子、お名前なんて言ってたかしら」
「葵、アンタ、自分のことなんだから、覚えてないの?」
2人の好機の眼差しに、篠田は苦笑いで答えることしかできなかった。
思い出せない以前に、そんな親しい異性の友人が小さい頃に存在していた事すら覚えていなかったのだ。
彼らの父親が亡くなってから10年以上の時が経っている。いくらまだ10代途中の年齢であっても、幼少期の事など、事細かに覚えているはずもなかった。