04
サンタルチアを出た後、二人はすっかり暗くなった渋谷の街を横並びで歩いていた。緒方の右手にはしっかりと先程預かった銀色のアタッシュケースがあった。
「お前さ、仏頂面なのは良いけど、足木さんを困らせるのだけはやめろよな」
109の前にたどり着いたぐらいの時に緒方がそう言ってきた。
「ああ、悪い。そんなつもりは無かったんだけど」
「足木さんは俺の命の恩人なんだよ。だから俺はあの人の為になるんだったら、なんでもするって心に決めてんだ」
「分かってるよ。何度その話聞いたと思ってるんだよ」
「ハハッ、そんなに言ってたっけ。まあさ、お前のことは"信頼できる親友"だって紹介してるんだ。だから、"頼んだぞ"」
いつものようにケラケラと笑いながらも、言葉の奥に少し狂気じみたものを感じた篠田は、おうとだけ返した。
駅へ向かっている途中、篠田のスマホが揺れ、通知が鳴った。画面を見てみると、母親から時間が出来たら連絡をというLINEだった。
電話をかけるため、篠田は一度立ち止まると、緒方は先に行くと彼を置いて駅へと向かった。
「もしもし、何?」
「葵、今日帰ってくるの何時ぐらいになりそう?」
「えっ、まあそんなに遅くはならないと思うけど。なんで?」
「お姉ちゃんがこっち来るっていうから、ご飯でもどうかなって」
彼の姉は20代の頃に同級生と結婚し、家を出て専業主婦をしており、子供を連れては時折実家に帰ってくることがしばしばあった。
「ああ、わかった。じゃあ帰る時間分かったら、また連絡する」
「はい、じゃあね」
大したことではなかったのかとスマホの画面を落とし、再び歩き出そうとすると、再度彼の携帯の通知が鳴った。
また母親からなのかと思い、画面を開くと見慣れない人物からのメッセージ通知であった。
[さっきはありがとうございました。日向坂高校の小坂菜緒です]
"小坂"としばらく脳内で検索をかけたのちに、あのトリケラトプスの女の子の事を思い出した。
[あっ、わざわざどうも]
[今日は初めてお会いしたのに、友達になってくれだなんて突然のお願い、すみませんでした]
突拍子もない事だったというのは金村のせいではなく、彼女自身もそれは認識しているようであった。
[まあ、ちょっとビックリしましたけど、俺なんかでよければ大丈夫ですよ]
[ありがとうございます。その言葉を聞けて、少し安心しました]
耳が聞こえないのに"聞けた"とはどういう表現なのだろうと篠田は不躾なことを考えたが、それをわざわざ聞き出すような野暮なことはしなかった。
[でも、何で俺なんかと?どこからどう見てもチンピラみたいな見た目だし、日向坂高校みたいなお嬢様学校の人が、俺みたいなやつとつるんでるってバレたら、大変なことになるんじゃ?]
彼は素直に疑問に感じていたことを送った。
返信が返ってくるのに少し時間がかかった。相手もどう送ればいいのか、相当悩んでいるのであろう。
ようやく届いた文面にはこう書かれてあった。
[ごめんなさい、今はまだお伝えすることが出来ません。ただいつか分かってもらえると信じてます]
その文面の最後には、とても気になる文字が記されてあった。
[あなたは私の"ティラノサウルス"なんですから]