08
立川に渡された義母が忘れたと言う口紅を軽く指先につけ、それを唇にとんとんと当てた。
70を超えた老婆が持つにはかなり派手な色にも感じたが、実際につけてから鏡を見てみると、案外悪く無かった。
身だしなみを整え、ドアを開けると、襟元をバタバタとさせ、風を仰いでいる彼がそこにいた。
会うのは同窓会ぶりではあったが、なんだかとてつもない緊張を彼女は感じていた。
「すみません、お待たせしちゃって」
「ああ、いや。急に押しかけたのは僕の方だから」
「どうしましょう。ここは無理なので、どこか近くの公園にでも…」
そう言いかけた時、家の奥から立川がここを使いなさいと言いながら現れた。
「えっ、でも…」
「誰かに見られて、よく無い噂でも立てられたら困るでしょう?私は散歩に行ってきますから、後は"若いお二人"でごゆっくり」
ボロボロのサンダルに足を通すと、来客に優しく微笑みかけてから、立川は家を後にした。
"若い二人"と言われたが、二人とも既に40を超えている。
お互いその言葉が引っかかり、なんだか少し気まずい空気が流れていたが、家主の言葉に甘え、彼女は鳴海を家の奥へと招き入れた。