04
その日、手紙が届いた。祖父母の家に手紙が届くのは、珍しいことではないが、手紙の宛名を見て、少女は目を大きく開かせた。
「何々、どうしたの?」
泊まりに来ている従姉妹の女の子が興味深そうに彼女の手元を覗き込んできた。彼女はそれを全く気にするでもなく、便箋の表をじっと見つめた。
「これ、おばちゃん宛?」
「みたいだね」
「どうする、おじいちゃんたちに渡す?」
「うーん」
少女は玄関先に座り込み、しばらく考え、ようやく口を開いた。
「読んじゃおっか」
「やっぱり。私もおんなじこと考えてた」
少女二人は悪戯な笑顔を浮かべながら、家屋の奥へと向かい、その封をゆっくりと開けた。
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会場を後にした彼女は、バス停へ向かい、目的地までの時刻表を確認した。まだ少し時間があることが分かったが、彼女の脳裏にはまだあの時流れた少女の声が鳴り響いていた。
しばらくぼうっとしていると、ベンチに座る彼女の横に、一人の男性がゆっくりと座った。ふと横を見てみると、同窓会場で見かけ、しばらく目を追った彼だった。どうして彼が来たのか、少し戸惑っていると、向こう側から口を開いてきた。
「久しぶり…、元気だった…?」
「あっ、はい…」
「僕のこと、覚えてる…?」
「もちろん、お久しぶりです…」
彼のことを忘れるはずがない。彼こそ彼女の青春そのものであり、彼との出会いが、彼女のすべてを変えた存在でもあった。
「実は話したいことがあったんだけど、声かけられなくて。帰ろうとしたのが見えたから、追いかけてきちゃった」
「あっ、はぁ…」
数十年ぶりの再会のため、何を話せばいいのか、お互いの間には微妙な空気感が流れていた。
「よかったら、一杯どうかな?」
「あっ、もう帰らないと」
「一杯だけ。どうしても話したいことがあるんだ」
「しつこい人は嫌われますよ」
「こっちに帰ってくるの久々で。募る話もあるからよかったら…」
「"主人と子供"が待ってるんです」
彼の言葉を遮るように放った言葉が、思った以上に彼を突き放してしまったと後になって気付いた。少し彼のほうを見ると、案の定、少し動揺しているようだった。
「そっか。まあ、あれから20年だもんね」
「はい」
「じゃあ…、気が向いたらここに連絡して」
そう言って、彼は胸元のポケットから名刺ケースを取り出すと、その中の一枚を、彼女に差し出した。
その紙には"小説家 鳴海一樹"と記されていた。
「えっ、小説家?すごい!」
「一冊しか出してないけどね」
「いや、それでもすごいですよ…!」
「君のおかげなんだ」
「えっ…?」
「"約束"、覚えてない?」
「約束…?」
その言葉の真意を確かめようとしたとき、ちょうど目的のバスが到着してしまった。彼女は言葉の意味が知りたかったが、じゃあと一言残し、バスに乗り込もうとした。
「ねえ」
彼から呼び止められ、片足を乗車口に乗せたまま、彼女は後ろを振り返った。
「今でも、君のことが好きだって言ったら、迷惑かな…?」
思ってもみなかった言葉に、彼女は動揺を隠しきれないまま答えてしまった。
「め、迷惑に決まってるじゃないですか…。おばさんをからかわないでください」
もう片方の足を乗車口に乗せると、バスはすぐにその扉を閉めた。ゆっくりと走り出す中、後ろの席に座ろうと歩いていると、車の後方で、一人寂しそうにバス停に佇む彼の姿が目に留まった。
彼女は申し訳ないと思いながらも、その反面、これでよかったんだと、自分に言い聞かせた。