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その日、彼は手紙を書いた。筆を取ることは、仕事柄、よくあることだが、誰かに向けての手紙など、数十年ぶりで手先が少し震えた。
彼女からの手紙を読んだ後、どうしても返事を書きたいという衝動に駆られたのだ。あの頃、わずか数ヶ月の間に彼女と交わした文通の名残が、そこに残っていたとは思いもしなかった。
長々と返事を書いた後、どうすれば彼女のもとにこの手紙が届くのか、考えを走らせた。残念なことに、送られてきた手紙には、彼女の現住所は記されていない。どうしたものかと考えた挙句、辿り着いたのは、卒業アルバムに記されていた当時の彼女の住所に宛先を書くことだった。
ここに彼女が未だ住んでいるかどうかも分からない。届くことはないかもしれないが、一縷の望みをかけて、鳴海は手紙をポストへ投函した。
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同窓会が始まり、周りは思い出話に花を咲かせ談笑する中で、彼女は一人、グラスを手に気まずそうに微笑むだけであった。
壇上では当時の教員が生徒たちの悪行を話題に、当時のことを懐かしむように話していた。
「我が山梨県立城南高校はですね、四月に老朽化のため、旧校舎を取り壊すことが決まりまして、約五十年近く、皆さんやその先輩後輩たちの学びを支えてくれた歴史に幕を閉じるわけでございます。そこで皆さんにまつわる物が何かないものかと探してみたところ、なんと当時の卒業式のカセットテープが見つかりまして、それを今日は皆さんにお聞きいただきたいと思います」
教員の言葉に会場の人々はさんざめき出した。彼女はこれ以上いられないと感じ、こっそりと席を立った。
「じゃあ、私はこれで…」
「えっ、もう帰っちゃうの?」
「家が、遠いもので…」
そそくさと帰る彼女の姿を、鳴海は目で追いかけた。彼女が会場から出ようとしたとき、会場中にか細くもハキハキと話す少女の声が鳴り響いた。
『早春の風が吹き、冬の寒さと、春の温かさが交わるこの季節、私たち城南高校第25期生は卒業を迎えます』
少女の声を聴いた瞬間、立ち去ろうとした彼女の足はぴたと止まり、ゆっくりと振り返った。会場には当時の生徒会長が生徒代表として、卒業式の答辞をつらつらと述べている声が、鳴り響いていた。