第一章「あの日」
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 京子に連れられてやって来たのは、周りに建物などはなく、風が吹くと木の葉同士が擦れ合う音がはっきりと聞こえてくるような、静かな丘の上に立つ、木造の一軒家だった。

 立派な家だと門口の前で驚いていると、京子はちょっと待っててくださいと言い残し、家の奥へと向かっていった。

 ポツンと一人、取り残されてしまった鳴海は、そっと上がり口に腰掛け、彼女が戻ってくるのを待つことにした。

 ドタドタと足音を立てて戻ってきた彼女は、いつの間に着替えたのか、楽そうなTシャツと少し短そうなショートパンツ姿で戻ってきた。


「すいません、まだお姉ちゃん帰ってないみたい」

「そっか、まあまだ生徒会とか合って忙しそうだしね」

「代わりにアルバム見つけたんで、それ見ててください!」

「いや、いいよ。あんまりいるのも迷惑だろうし、そろそろ…」

「あっ!そういえばスイカあるんで、よかったら食べてってください!」


 止める鳴海の声も聞かず、京子は再び家の奥へと消えていった。

 またしても取り残されてしまった彼はため息を一つついて、手渡されたアルバムを開くことにした。

 そこには幼い頃の京子や彼女の家族が写っていたが、肝心の彼女の姉の最近の写真があまり見受けられなかった。

 何枚かページをめくって探していると、京子がお盆の上に大きなスイカを乗せて戻ってきた。


「お姉ちゃん、どれか分かりました?」

「あ、いや・・・」

「お姉ちゃん、あんまり写真撮られるの好きじゃなくて。一番最近のだと、あっ、これです」


 そう言って彼女が指を指したのは、"小学5年生の飛鳥と3年生の京子"と下にメモ書きされた写真だった。


「小学生の写真が最近なんだ」

「あっ、お塩忘れちゃいました!今取ってきますね!」

「あっ、いいよ!本当に。もうそろそろ行かないと…」


 三度取り残されてしまう前に鳴海は彼女を引き留めた。

 なんとか用意されたスイカを食べきり、彼女の家を後にした。近くのバス停まで送っていくと京子が隣を歩いてくれている。

 普段着姿の彼女を見たことは今までなかったため、少し違和感を感じた。

 すると前の方から一台の自転車がこちらに向かって走ってきた。よく見ると同じ制服姿の女子生徒が乗っている。京子もその存在に気付くと顔を見て、あっと声を上げた。


「お姉ちゃんだ」

「えっ…?」


 自転車に乗る生徒も二人の存在に気付くと、目の前で徐行をして自転車から降り立った。爽やかなロングヘアーをたなびかせ、顔の大きさと反比例するような大きなマスクを付けた彼女は京子に話しかけた。


「なにアンタ、もしかしてお母さんたちいない間に、おうちデート?」

「ち、違うよ!この人は古文研の鳴海先輩。最近、東京から引っ越してきたの」

「あぁ、噂の…」


 自分の知らないところで噂されていると言うことが分かり、少し気恥ずかしくも感じたが、彼女に自分の存在が知られていたと言うことの方が驚きであった。


「えっと、すいません。何さんでしたっけ…?」

「あっ、鳴海です。鳴海一樹です」

「あっ、京子の姉の齋藤飛鳥です」


 マスクも外さないまま軽く会釈をしてきた姉を侘しく思った京子は「挨拶する時ぐらいマスクを外したら」と言い、姉のマスクを強引に外した。

 そのとき鳴海の前身に電撃が走ったような感覚がした。小さな輪郭に綺麗な鼻筋、そしてクリッとした大きな瞳に吸い込まれそうになった。初めて見た彼女の顔の美しさに、思わず言葉が出なくなっていた。


「あの…、何か…?」

 マジマジと自分の顔を見てくる相手を少し不審に思ったのだろう。自分の顔に何か付いているのかと飛鳥が尋ねてきた。

「あっ、いや。ごめんなさい」

「鳴海先輩、お姉ちゃんと同い年だって」

「ああ、通りで。どこかで見たことあると思ってたんです」

「あっ、いや。僕は特に何も」


 彼女のひとつひとつの喋り方や仕草が、彼の胸をドキドキとさせていた。


「それじゃあ、また学校で」


 飛鳥は再びマスクを付けてペダルを漕ぎ、二人の横を通り過ぎていった。少しずつ遠ざかっていく彼女の後ろ姿を、鳴海はぼんやりと見つめていた。


「先輩?」


 京子に声をかけられるまで、ぼおっとしていた彼は慌てて我に返り、彼女の方を振り向いた。


「何…?」

「もしかして、一目惚れしました?」

「な、何言ってんの!そんなわけないじゃん…!」


 笑顔で首を横に振ってなんとかごまかそうとしたが、京子はそれまでの彼の表情の違いにいち早く気付いていた。

黒瀬リュウ ( 2020/04/03(金) 17:45 )