09
思ったよりも義母の到着が早く、彼女は少し焦っていた。机の上に散らかったチラシの束を慌ててまとめ、ソファーの下に押し流すと、彼女は玄関のドアを開けた。
「お義母さん。予定より早くいらっしゃったんですね」
「ちょっと用事が早く済んだからね。お邪魔しますよ」
大きな紙袋を手に、家へと入ってきた義母の足元に、彼女は慌ててスリッパを用意した。義母はそれを何も言わずに履くと、スタスタとリビングへと向かっていった。
「あら、亮平は?」
「あっ、今ちょっと出かけてます。多分そろそろ帰ってくると思うんですけど…」
そう言って彼女は義母の目に入らないように、スマホを取り出して、旦那にLINEを送った。すると奥の作業部屋の方から着信音が聞こえた。
まさかと思い、部屋を覗いて見ると、案の定、旦那のスマートフォンが机の上に置き晒しになっていた。
今日はあなたの母親がやってくると朝起きてコーヒーを飲みに来た際に伝えたはずだったが、恐らくそれが来る前に逃げ出したのだろう。
「嘘でしょ…」
ため息を一つ吐くと、リビングの方から義母の呼び声が聞こえた。彼女は急いでリビングに戻ると、ダイニングテーブルの上に紙袋を置いて、いくつか物を取り出している義母とそれを覗き込んでいる息子がいた。
「それは?」
「愛知のお土産。はい、これは裕太の分ね」
祖母から薄いが少し大きな箱を渡された少年は何かとじっとみて見ると、きしめんパイと真ん中に大きく記されているのをみて、はあとため息をついた。
彼女はそんな息子の頭をぺしと叩くと、お婆ちゃんにありがとうを言いなさいと目でアイコンタクトを送ったが、息子はふんとそっぽを向き、彼女にその箱を押し付けて、自分の部屋へと向かった。
「ごめんなさい、最近反抗的で…」
「いいのよ、亮平にもあんなときはあったから。あら、真琴は?」
普段だったら「おばあちゃん、おばあちゃん」と自分の元に駆け寄ってくるはずの長女の姿が見当たらないことに、義母は周りをキョロキョロさせながら尋ねた。
「あぁ、今、私の実家に泊まりに行ってるんです」
「あらそう。それは残念。じゃあ、これはあなたたちで食べて頂戴」
そう言われて彼女はきしめんパイの箱を二つも持たされた。
紙袋の中身を出し終えた義母はお手洗いを借りると、奥へと向かっていった。
まだ肩の荷が降りない状態のまま、きしめんパイを机の上に置いた時、玄関からドアが開く音がした。それと同時にドタドタと物音も玄関先から聞こえてくる。
何事かと思い、向かってみると、大きな犬を二匹連れた旦那が、犬に引っ張られるようにリードを持って帰ってきていた。
「ちょっと!何これ!?」
「今度、犬の話を描こうと思ってね。参考になればと思って、"かってきた"」
「"かってきた"って…。えっ、買ったの!?」
「そうだよ。実際に飼ってみないと分からないこととかあるからね」
まさかと思い聞いてみたが、旦那は何食わぬ顔で答えた。
「誰が世話するんですか、こんな大きなの二匹も」
そう尋ねると、旦那はキョトンとした顔で「君だろ?」と答えて、二つのリードを彼女に手渡した。