第一章:Beginning(始まり)
04
 咲良は取調室兼、執務室でもある部屋を、事務から借りた布巾で、窓やテーブルを丁寧に水拭きと乾拭きを行っていた。
担当検事が入ってきた際に、しっかりと自分の自己紹介をしようと、ブツブツと何度も小声で念仏のように唱えていた。そのドキドキ感は昔、小学校を転校した時に感じたドキドキと似たような物であった。
 しばらくしていると、コンコンとドアがノックされた。はいと一言返すと、若い男性が一人入ってきた。自分と同年代だろうか、幼く見えるそのルックスに戸惑っていると、相手から口を開かれた。

「あの、沖田です」
「あっ、初めまして。立会事務官の宮脇です」
「どうも」

 思ったよりも若い検事だった。"沖田征士カ"という名前から、どんなベテラン検事がやってくるのかと思ったが、童顔やその立ち振る舞いからして、自分と同世代、あるいはそれ以下にも見えなくもなかった。

 その夜、同期の仲間たちによって沖田の歓迎会が開かれた。中華料理屋の円卓に腰を下ろした彼らは、検事バッチを襟から外すと、まるでそこら辺のサラリーマンのように、ワイワイと盛り上がりだした。

「それでは、沖田くんの刑事部就任を祝して、乾杯!」

 先に刑事部で2年勤め、今年から公判部に異動になった平岡が乾杯の音頭を取った。それに合わせ、沖田を含めた数人がグラスを合わせる。
 キンキンに冷えたビールを口元に運ぶと、それぞれが円卓に並んだ料理の数々を、我が先にと小皿の上に運び出した。

「それにしてもようやくだな」
「まあ他の人に比べたら、早い方だよ」
「そうじゃなくて、西城さんの下で働けることだよ。お前、修習生時代から、西城さんにベタ惚れだったじゃないか」

 隣に座る松永が、口元に小籠包を運びながら沖田に話しかけた。

「あの人の正義は完璧だよ。お前らも講義で聞いたろ。"我々法曹は法律という剣を手に、生身の人間たちを裁いていかなくてはならない"」
「"その剣の使い方を誤ってしまえば、我々は犯罪者と化す"だろ?」
「よく覚えてるな」
「お前の口からも何度聞かされたと思ってんだ。耳にタコができたよ」
「でも、西城さんは間違いなくいい人よね」

 ビールをまた一口飲んだ後に、柏木由紀が口を開いた。

「おっ、ここにも西城イズムの継承者が?」
「私は沖田くんほどじゃないけど。それこそ去年まですごくお世話になったわ」
「柏木さんも公判部に異動だっけ」
「いい人だからって、いい検事とは限らないだろ」

 三人の話に茶々を入れるように、公安部配属の若林和樹がほろ酔いで由紀に絡んできた。

「そんなことないわ。西城さんは間違いなくいい検事よ」
「では諸君らに尋ねよう。"いい検事"とは何か」

 若林は個室で料理をつつき合う同僚たち一人ひとりに問いかけた。

「いい検事とは、割って割って割りまくる検事だな」と一人が答える。
「いい検事とは、正義を信じている人よ」と由紀が答えた。

「正義なんて人それぞれじゃないか」
「そうだけど法律は絶対正義だと私は考えてるわ」
「そんなのは偽善者の考えだよ」
「俺も柏木さんに同意だな。少なくともここにいる誰より、その正義を信じてる自信が俺はある」

由紀の言葉をフォローするように沖田が答えた。若林たちからはまた冷やかされたが、由紀はなにも言わず、じっと沖田を見ていた。
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■筆者メッセージ
"平成最後の夏"だとか"平成最後の秋"だとか
なんでも"平成最後"ってつければいいって話じゃないですけど
大したことしてなかったら、「えっ!"平成最後"なのに!?」
って言われると、少しイラッとしてしまいます(笑)

ま、どういうことをしてようが、何を考えようが、人それぞれってことですね。

さて、平成最後の秋はどうしようかな←

作品に関するご意見やご感想、その他等々のコメント、お待ちしております。
黒瀬リュウ ( 2018/10/11(木) 08:45 )