02
その日は、久しぶりに大雨が降っていた。
黙々と漫画を描いている栄介の後ろで、由依が将棋の盤面を見つめて、ひたすら悩んでいた。
「まだ?」
「ちょ、ちょっと待って・・・」
「いつまで待たせんねん。ええかげんにしたりぃや」
「ごめんごめん・・・」
対戦相手の竜三はかれこれ十数分も"待った"を受けていた。痺れを切らした彼は、窓辺で煙草を吸いながら、彼女の決断を待ち続けていた。
各々がこれからどうしようかと悩んでいたとき、部屋のドアが数回ノックされた。
由依が立ち上がり、その戸を開けると、真っ赤な派手なワンピースを身にまとい、びしゃびしゃに塗れた入山杏奈がそこに立ち尽くしていた。
突然の思わぬ来客に驚いた彼らは、まず彼女の様子の異変に気づいた。
杏奈は何も言わぬまま、ゆっくりとその部屋に入り、どさっと崩れ落ちるように座り込んだ。
彼女の綺麗な黒髪から、雫が一滴、また一滴と滴り落ちていた。
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得意のパチンコで本日も勝ち、パンを小包に包んでもらった章一は、暢気に鼻歌を歌いながら、アパートへと戻ってきた。
いつものように外階段を上ろうとしたとき、その階段の下で栄介たち三人がこの大雨の中、座っているのが見えた。
「あれ、みんな、どうしたの?」
「あっ、おかえり。杏奈ちゃん、来てるよ・・・」
栄介に教えてもらった彼は、さっきまで明るかった表情を曇らせ、黙ったまま彼に傘を手渡すと、慌てるように階段を駆け上がっていった。
ドアを二回ノックし、そっとその扉を開けると、栄介がいつも座っている作業台の前で、大きな白シャツを着て、座り込んでいる彼女の背中が見えた。
洗い場に彼女のものらしきワンピースが掛けられているのがわかった。
「何しに来たの・・・」
ゆっくりと部屋の中に入り、久しぶりに再会した彼女の背中に、章一は情けない言葉しか掛けることができなかった。
そしてその返答が返ってこないことに痺れを切らした彼は、ゆっくりとちゃぶ台の前に腰を下ろした。
杏奈は黙って一点を見つめ続け、しばらくすると
徐に立ち上がり、部屋の電気を消した。
「あっ・・・」
アパートの外から二階の部屋の様子を伺っていた栄介たち三人は、部屋の電気が消え、これから起きる事が安易に想像できた。