第七章:すれ違う理想と現実のはざまで
02
 その日は、久しぶりに大雨が降っていた。
 黙々と漫画を描いている栄介の後ろで、由依が将棋の盤面を見つめて、ひたすら悩んでいた。

「まだ?」
「ちょ、ちょっと待って・・・」
「いつまで待たせんねん。ええかげんにしたりぃや」
「ごめんごめん・・・」

 対戦相手の竜三はかれこれ十数分も"待った"を受けていた。痺れを切らした彼は、窓辺で煙草を吸いながら、彼女の決断を待ち続けていた。
 各々がこれからどうしようかと悩んでいたとき、部屋のドアが数回ノックされた。
 由依が立ち上がり、その戸を開けると、真っ赤な派手なワンピースを身にまとい、びしゃびしゃに塗れた入山杏奈がそこに立ち尽くしていた。
 突然の思わぬ来客に驚いた彼らは、まず彼女の様子の異変に気づいた。
 杏奈は何も言わぬまま、ゆっくりとその部屋に入り、どさっと崩れ落ちるように座り込んだ。
 彼女の綺麗な黒髪から、雫が一滴、また一滴と滴り落ちていた。

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 得意のパチンコで本日も勝ち、パンを小包に包んでもらった章一は、暢気に鼻歌を歌いながら、アパートへと戻ってきた。
 いつものように外階段を上ろうとしたとき、その階段の下で栄介たち三人がこの大雨の中、座っているのが見えた。

「あれ、みんな、どうしたの?」
「あっ、おかえり。杏奈ちゃん、来てるよ・・・」

 栄介に教えてもらった彼は、さっきまで明るかった表情を曇らせ、黙ったまま彼に傘を手渡すと、慌てるように階段を駆け上がっていった。
 ドアを二回ノックし、そっとその扉を開けると、栄介がいつも座っている作業台の前で、大きな白シャツを着て、座り込んでいる彼女の背中が見えた。
 洗い場に彼女のものらしきワンピースが掛けられているのがわかった。

「何しに来たの・・・」

 ゆっくりと部屋の中に入り、久しぶりに再会した彼女の背中に、章一は情けない言葉しか掛けることができなかった。
 そしてその返答が返ってこないことに痺れを切らした彼は、ゆっくりとちゃぶ台の前に腰を下ろした。
 杏奈は黙って一点を見つめ続け、しばらくすると(おもむろ)に立ち上がり、部屋の電気を消した。

「あっ・・・」

 アパートの外から二階の部屋の様子を伺っていた栄介たち三人は、部屋の電気が消え、これから起きる事が安易に想像できた。

■筆者メッセージ
恋は儚く、そして切ないもの。

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黒瀬リュウ ( 2017/07/22(土) 13:37 )