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時を同じく、栄介は母が入院する日東大学病院に来ていた。担当医から大事な話があるから、至急来てほしいと、咲良から電報をもらっていた。
診察室に通された彼は、担当医の米川と共に、薄暗に光るレントゲン写真を見つめていた。
「もって、半年か数か月かと思われます。好きなことをさせてあげてください」
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好きなことをやらせろと医者から言われた。母がやりたいと思うことはなんだろう。自分が母にしてあげられる最後のことはなんだろうか。栄介は考えを巡らせながら、母の病室に戻った。
ドアをそっと開けると、中では母に寄り添うように妹の咲良がベッドの傍らに座ったまま、ベッドに体を預けて眠っていた。
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数日後、長いこと時間をかけて作っていた彼の肖像画が遂に完成した。由依は描き上げた絵を初めて彼と出会った池のほとりに置いた。
彼とはあの日以来、再開することはなかったが、犬を連れて歩いていたことには、ここが普段の散歩コースなのであろう。いつだったか、何時間も彼が現れるのをほとりに座って待ち続けたこともあったが、現れた試しはなかった。
だけどそれでも由依は信じていた。いつかきっと、この絵が彼の元に届くと。もう二度と会えなくてもいい。それでもいいから、彼にこの絵を届けたかったと。
その思いを込めて、由依は絵の裏に栄介のアパートの住所と自分の名前を記し、そっとその場から立ち去った。