04
その日、NEW SHIPに訪れていた竜三はマスターに呼び出された。
「えっ、三日分も・・・?」
「買い溜めしとかなきゃ、明日からお盆だよ?」
そう言ってマスターの林田は千二百円を彼に手渡した。客の元から戻ってきた榛香がそんな彼に受けてきた注文を言った。
「マスター、バナナジュースとサンドウィッチ」
「はいよ。今のうちに、傷まないもの買っとかなくちゃさ」
ほぼ毎日夏休みのような怠惰な生活を過ごしていた竜三は、世間はお盆休みなのかと、今になって実感していた。
「お盆はここも閉めるん?」
「私はいるけど、榛ちゃんが田舎に帰るからね。店は閉めとくつもり」
「へぇ・・・、榛ちゃん、クニどこなん?」
竜三が尋ねると、榛香は少し恥ずかしそうにしながら、炭坑節の一節を歌った。
「へえ、福岡か。着いてこかな」
「あはっ、親がビックリするわ」
「いや、ホンマの話。ご両親にもお会いしたいし」
竜三がNEW SHIPに毎日通っていた本当の理由はこれだった。彼は一目会ったときから、榛香にベタ惚れしていた。いつも元気な笑顔で、そして何より仕事もなく、ただただぼんやりと過ごしていた日々に、彼女の優しさが染み入るように、彼の心を潤していた。
そんな彼女の傍に永遠にいたい。その想いを胸に、竜三は作品を終わらせて彼女に愛の告白をと考えていたが、実家に帰ると聞いて、先手を打ち、一刻も早く作品を完成させねばと自分に圧を掛けようと、そう考えていた。
「ダメよ、お見合いするんだもん、私」
しかし彼の想いは、笑顔で答えた彼女のたった一言で一気に崩れ落ちた。
「えっ・・・」
「あっ・・・、んふっ・・・。先月ね、写真を送ってきてね。結構・・・、気に入ってるのね。んふふっ・・・」
照れ臭そうにはにかむ彼女の笑顔はなんとも可憐で、そして竜三にとっては皮肉にも残酷な笑顔に見えた。
「そうなんや、結婚するんや」
「まあ、そろそろ親も安心させたいし」
「親孝行やな、榛ちゃんは」
「そう?」
おめでとうとだけ伝え、竜三はカウンターテーブルに置かれた三日分の食費を眺めた。
店の奥でマスターがコーヒー豆を挽いている音が、彼の体全身に響き渡るように聞こえてきた。