03
結局、閉店ギリギリまでNEW SHIPにいても何一つ書き出せなかった竜三は、原稿を手にアパートへと帰ってきた。のんきにも鼻歌を歌いながら、一段一段階段を上りきり、奥の二〇六号室に向かっていると、部屋のドアが開いて、涙を浮かべている女性と出くわした。
彼女はごめんなさいと一言詫びると、そのまま階段を走って降りて行った。彼女が出てきたドアの中を覗いてみると、隣室の二〇五号室に住む女学生の向井地美音が、床に座り込んで泣いていた。
彼女たちにも何かあったのだろう。ここはそっとしておくことに決め、二〇六号室のドアを開けようとすると、何か大きなものが落ちた音が室内から聞こえた。
慌ててドアを開けてみると、部屋の畳の上にカレーが飛び散っていた。
「あっつ!なんやねん、これ・・・!」
「鍋の底に急に穴が開いて、カレーが落ちたんですよ!」
「もう、由依さんがぼおっとしてるから!」
「私のせいじゃないでしょ!そもそも章一くんがいっぱい具材を入れるから!」
「いっぱいお肉を入れてって言ったのは由依さんじゃないですか!」
口喧嘩を始めた二人に、元々の部屋の主である栄介は怒鳴り声を出した。
「喧嘩してる場合じゃないでしょ!さっさと拭いて!」
「三日は持てると思ったのに・・・、これまだ食えるかな・・・」
「食えるわけないでしょうが!」
「いいから早く拭けよ!」
「せっかくパチンコで取ってきたのに・・・!」
言い争いをしながら、床を拭いている彼らの姿を見て、隣の部屋にいた美音の姿を思い出し、竜三は思わず小さく笑った。
そして、ぼとぼととカレーのルーが滴り落ちる、穴の開いた鍋を手に取り、そこから見える景色を眺めて「アホやなぁ」とぼやいた。