07
栄介は麻衣を連れて、ステージの裏の出演者控室の傍までやってきた。祭りのステージ裏なら、誰かに見られる心配もないと思ったからだ。
「どうしたの?」
「あっ、おはぎ。作ってきたの。よかったら食べて」
「ああ、ありがとう。嬉しいよ」
栄介は彼女から風呂敷に包まれた重箱を嬉しそうに受け取ったが、彼女の用件がただ単にこのおはぎを私に来ただけとは考えられなかった。だが、あえて自分の口からそれを聞き出そうとはせず、彼女の口から開かれるのを待った。
「あっ、あの・・・」
ようやく麻衣の口が開かれたと思ったとき、消防団の人たちがそばを通った。細い路地道にいたため、二人は分かれるように道の端に立ち、間を彼らが通って行った。
彼らが通り過ぎた後、麻衣が口を開いた。
「もう・・・行かなくちゃ」
「えっ、どうして?来たばっかりじゃん」
予想外の言葉に栄介は少し慌てた。その慌てて出た言葉は、自分でも情けない言葉だったと、その言葉が口を離れてから気づいた。
「これから旦那と熱海なの」
「えっ、今から?だって、もう夜だよ?」
「車で行ったらすぐよ。車買ったの、先月」
当時の車はかなりの高級品で、なかなか一般庶民が全員持っているような品物ではなかった。
「あっ、そう・・・」
「それじゃあ、ごきげんよう」
振り返って歩き出した彼女の腕を引き、強引に壁に押し付けると、そのまま唇を奪うように重ねた。
最初は抵抗していた彼女であったが、しばらくすると抵抗を辞め、キスを受け入れるようになった。そのままゆっくり舌を入れようとすると、さすがに突き飛ばされてしまった。
彼女は少しだけ栄介を睨むと、何も言わずに足早に立ち去った。
栄介は、残された虚無感を胸に、ただそこに立ち尽くすだけだった。