08
翌日、章一と杏奈の二人はバスに乗って、阿佐ヶ谷を離れた。
なぜか彼は昨日パチンコで儲けたというお菓子の袋詰めと、白ユリの花束を手に現れたが、後で自分に渡してくれるのだろうと、杏奈は心をウキウキとさせていた。
「ねえ、どこに連れていってくれるの?」
隣に座って、体をカチコチに固めながら真っ直ぐ前を見つめている章一に尋ねた。
なにしろ二人での初デートだ、相手も緊張している様子が見てすぐにわかった。
その緊張を解そうと話しかけたが、章一は苦笑いを浮かべるだけで答えてくれない。
だがそんな姿が杏奈は愛しくて仕方なかった。何とか肩の力を抜いてもらおうと、杏奈は話し続けた。
「今日ね、実はお弁当作ってきたんだ」
「えっ、ホント?」
「なんか、朝早くに目が覚めちゃって。後で一緒に食べよう?」
「う、うん。そうだね・・・」
ぎこちない笑顔を浮かべる彼の表情など全く気にならないぐらい、杏奈は今日のデートで浮かれていた。
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「えっと・・・、私、栄介さんのお友達で」
「そうですか」
「あっ、本当にただの友達なんです」
「それはそれは、わざわざありがとうございます」
浮かれていた杏奈が章一に連れてこられた場所は、栄介の母親のキヌが入院している病院だった。
何故ここなのかと尋ねたら、あれから容態はどうなのか様子を見たい、お見舞いがしたいと、だが自分は偽医者を演じてしまったため、彼女の前に姿を現すことができない。だから、代わりに見てきてくれと言われたのだ。
最初、病室に入った時のキヌと咲良の驚いた表情は、今でも忘れられないと杏奈は思った。
「えっと、今日私が来たのは・・・。その、栄介さんに様子を見てきてくれないかと言われまして・・・」
「そうですか」
「栄介さん、漫画の仕事が忙しくて・・・。毎日下宿所に編集者が来ては、奪い合うようにして原稿を持っていくんです」
「なるほど」
「・・・、売れっ子ですからね」
お母さんに心配をかけさせるわけにはいかないと、杏奈はいろいろと嘘をついた。だが、そのひきつった笑顔では絶対バレていると、鏡に映る自分の顔を見て思った。