04
「何を言うてはりますの。おらんおらんってそんなはずありまへんやろが!こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際なんや!」
アパート前の大家のフネが営む煙草屋に置かれてある公衆電話に竜三は大声で怒鳴っていた。金に困った三人は仕事中の栄介にどうにか連絡を取って、これからどうしたらいいかを聞こうと思っていたのである。
だが栄介が残した手紙に書いてあった通りの連絡先に電話してみると、そんな人間はここにはいないと返された。
「村岡栄介はんちゅうんですわ。こないだから泊まり込みで働いてる人です!」
「だから、そんな人はいないって・・・。君もしつこいなぁ!」
竜三からの電話を受けたのは、雑誌社の編集者の一人であった。鮫島の家にはたくさんの編集者たちが押し寄せており、どれも締め切り間際の作品の受け取りに来た者たちばかりであった。皆がみんな、我先にと自分の担当の作品をいち早く終わらせてほしいと鮫島に泊まり込みで頼んできているのである。おそらく編集者はそのうちの一人に栄介がいるのだと勘違いしているのであろう。
エアコンが効かない廊下で竜三の電話を受けている編集者は、扇子を仰ぎながら電話をいつ切ろうかと悩んでいると、仕事部屋のほうからどたっという音と、「先生!」という大きな声が聞こえた。
何事かと慌てて電話を切った編集者は、急いで現場へと向かっていった。
急いで駆け付けると、仕事部屋の前の廊下で鮫島があおむけになって倒れていた。その周りを編集者たちが取り囲み、彼を心配している。
「先生!大丈夫ですか!」
「鮫島先生、し、しっかりしてくださいよ!ど、どうしたんですか!」
目を閉じたまま何の反応もない彼を編集者たちは心配そうに見つめていると、栄介が後ろから様子を覗き込み、事態を把握した。
「ああ・・・、その人寝てますよ」
「えっ?」
「まあ三日徹夜ですからね。俺だってぶっ倒れたいですよ」
さすが二年も鮫島のアシスタントを務めていただけのことはあって、彼の癖や行動の理由は大方把握していた。もちろんこのあと、彼から言われであろう言葉もだ。
鮫島はゆっくり目を開けると、その視界に栄介をとらえ、口を開いた。
「栄介・・・、あとは・・・、頼んだ・・・」
がくっとうなだれるように頭を倒した鮫島を起こそうと編集者たちは声をかけた。
「先生!ダメ!今死んじゃダメ!せめて漫画書いてから死んでください!」
「死んだ真似は先生の得意技なんです。はぁ、これはまたしばらく徹夜だな・・・」
ため息をついた栄介を横目に編集者たちは、なんだと呆れ返って鮫島のそばから離れていった。
そんな鮫島はというと、いつものにたぁっとした笑みを浮かべながら、小さくいびきをかいて眠っていた。