02
その日の夜、栄介は荷物をまとめてアパートを出た。彼らには二、三週間ほどで帰ると告げた。
電車に揺られて四、五分程度。目的地は駅からまた歩いて数十分の距離だった。
『鮫島』という表札がかかった門をくぐり、栄介は中に入るとその家のお手伝いさんに案内され、奥の部屋へと通された。そこには一つの机の前に四つの机が向き合っておかれており、それぞれの机の上で漫画家とそのアシスタントたちが玉のような汗を流しながら漫画を描いていた。
「先生・・・」
中央に陣取っている漫画家に話しかけると、彼はにたぁっと怪しい笑顔を浮かべた。
「おー、待ってたよ、大先生」
「ご無沙汰してます・・・」
「えっと、いつぶりだ?『こんなくだらない漫画描くぐらいだったらアシスタントなんて辞めてやります!』って大声で出て行ったぶりだから、六年ぶりか?」
「いえ・・・、二年前にお金を借りに一度・・・」
「あー、そうだった、そうだった。お前に金貸してるんだったなぁ。まあいいや。そんなのはチャラにしてやるからよ、しばらく出られると思うなよ〜?」
にたにたとした笑みを浮かべながら栄介を見ている漫画家は、以前麻衣と一緒に栄介がアシスタントを務めていた鮫島という漫画家で、人気漫画『スターダッシュ・ゼロ』というアクションヒーローものの漫画を専門としているマンガ家であった。
彼のような人気作家となると、多くの雑誌に連載を持っており、その締め切りに追われる毎日で、猫の手も借りたい状況であり、親戚の葬儀で田舎へ帰ったアシスタントの補充要員として栄介が駆り出されたのであった。
「が、頑張ります・・・」
苦笑いを浮かべながら、栄介はこれから待ち受けるであろう苦難に、早くも冷や汗をかいていた。