01
二ヵ月後。村岡栄介の姿は新宿にある出版社のほうにあった。頼まれていたスパイものの漫画を見せに来たのだ。編集長である深瀬はただただ黙って、煙草を銜えながら原稿を読み進めていた。
「ふぅん、なんかどれも生温いなぁ」
注文してきたのはそちらのくせにその言い方は何だ。と栄介は言ってやりたかったが、心の奥にその言葉をしまい込んだ。
「まあ、こんなもんか。いいよ、これで」
そう言って深瀬は、ポンと原稿を机の上に投げるように置いた。栄介はその紙の束を目で追いながらも、何も言えずにいた。
深瀬は金庫から札束を取り出すと、そのうちの何枚かを引き抜き、栄介に手渡した。
「えっと、三冊分で六万円ね」
「ありがとうございます」
「そんで、前借り分の一万ね」
栄介に手渡した六枚の聖徳太子が描かれた紙から、一枚を引き抜き、深瀬はそれを先ほどの金庫の中に戻した。
「ありがとうございます。これで母の入院費、何とかなりそうです」
「大変だねぇ、お母さんも」
銜えていた煙草を灰皿にこすりつけ、深瀬は再びデスクに座ると、何かを思い出したのか、引き出しの中を探し出した。
「ああ、そういえば梶川先生、あんたの絵を褒めてたよ」
「えっ、本当ですか?」
「独特のタッチで、結構好きだってさ。あっ、あったあった」
深瀬は一冊の封筒を取り出すと、それを机の上に置いた。
「どう?ちょうどここに梶川先生のアクションものの脚本があるけど。やってみない?」
「えっ・・・」
「人手が足りなかったら、ちょうどアシスタントの口探してるやつがいるんだよ。おい、山川君!」
彼の言葉に奥の打ち合わせ部屋にいた男が慌てるように出てきた。栄介よりも歳は上っぽいが、どうも頼りがいがなさそうな青年であった。
栄介は申し訳なさそうに、深瀬に詫びを入れた。
「すいません、もうこういうのは・・・」
「へえ、断るんだ。大したもんだね、梶川原作断るなんて」
そういうと深瀬は再び煙草に火をつけ、それを銜えた。