第二章:夏の前の梅雨
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 酒を買って家に帰ると、三人がどこに行っていたのかとだいぶ詰め寄ってきたが、栄介は何とか流しきり、四人は再会を祝した宴を始めた。
 章一がアコースティックギターを弾いて、オリジナルのフォークソングを熱唱し、今宵の宴を盛り上げていた。

「いやー、いい!章一君の歌は実に素晴らしい!」
「すごいねー、こんな素敵な歌を作れるだなんて」
「いやいや、まだまだですよ!」

 栄介や由依の言葉に照れくさくなった章一はギターを抱えたまま、恥ずかしそうに頭を掻いた。
 するとすでに全員酔いが回っていたが、その中でも特にひどく酔っぱらっていた竜三がおもむろに立ち上がり、演説を始めた。

「素晴らしい、実に素晴らしい才能や!おい、見てみ。ここにいる連中を!明日を夢見る歌手がおる、叙情派の漫画家がおる、和製女ゴッホがおる!そして将来の芥川賞作家の向井竜三がおるんや!」
「それがどうした!」

 回りくどい言い方をする竜三に、由依が大きな声で反論をした。どうやら彼女は酔いが回ると、ひどく口調が荒れてくるらしい。

「まだわからへんのか?ここにおるみーんな、芸術家や!」

 意気揚々と話す竜三に、栄介は思わず口をはさんだ。

「違いますよ。みーんな、田舎出の芋兄ちゃんと姉ちゃんです!」
「そうそう、"現実はキビシー!"」

 英介の言葉に全員が笑っていた。章一はギターをじいっと見つめ、何かを決心したような顔をした。

「けど見てろ、今に見てろ!明日は違うぞ!」
「せや、今夜は実に歴史的な夜や!この小汚いサロンから、あの大芸術家たちが生まれた言うて、後世の人たちに語り継がれる記念の夜なんや!」
「よし、それじゃあ今一度・・・、乾杯!」

 栄介の杯に皆が合わせ、それぞれの決意を今夜という日に誓い合った。
 それから再び章一は歌謡曲を演奏しながら歌いだした。ハナ肇とクレイジーキャッツのホンダラ行進曲であった。他の三人もこの曲は知っていたため、彼に合わせて大熱唱した。
 向かい側に住む浪人生が怒鳴り込んでくるまで、その宴は続いた。

■筆者メッセージ
夏がいよいよ本番って感じがしてきました。
皆さんはどうお過ごしでしょうか?
私は『働く夏』となりそうです…(笑)

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黒瀬リュウ ( 2016/07/23(土) 17:17 )