08
驚き涙を流した杏奈は章一と共に部屋を出て廊下へと足を出した。傍らに立つ彼は驚かせてしまったことを申し訳なく思っているのか苦笑いを浮かべていた。
「はあ、びっくりした・・・」
「ごめん、急に驚かせちゃって」
「ホントよ。いつ帰ってきたの?」
「さっき。また、歌やろうと思って」
彼の言葉に杏奈は目を輝かせて「ホントに?」と詰め寄った。章一は小さく頷き、彼女の眼をまっすぐに見つめた。
「今度こそ、本気で」
「そっか。じゃあ、わたし応援する」
喜ぶ彼女の笑顔を見て、章一自身もうれしく思っていた。すると彼女が手に持つ岡持ちが目に入り、慌てて代金を出そうとすると、杏奈にその手を止められた。
「お代はいいわ。今日は再出発祝いってことで」
「いや、でも・・・」
「いいの。そうさせて?」
「わかった。ありがとう」
二人はお互いを見つめ合うだけで、それ以外のことはしなかった。それだけでお互いを感じられたからというのもあるが、章一自身、その先に手を出すことに少しだけ抵抗があった。
まだ今の自分が彼女に触れる時ではない。自分が歌手として成功したとき、彼女を迎えに行こう。そう心に誓っていた。
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杏奈があけぼの荘を後にし、章一は天丼をこれでもかというくらい掻き込んだ。
「章一君、そんなに焦って食べたら喉詰まらせますよ?」
「大丈夫ですよ。はぁ、やっぱ東京の飯は旨いなぁ」
「北海道とはどう違うの?」
「都会の味がします!」
章一の言葉に、全員笑みを浮かべていた。そんな中、竜三が言おう言おうとずっと溜めていた言葉をようやく口に出した。
「再会を祝して、酒でも酌み交わしたいな」
だがその言葉にすぐさま一蹴したのは由依であった。
「お金も無い癖によく言いますよ」
「しゃあないやん。こんな集まってんやで?ぱあっと行きたいもんやろ」
「あっ、金なら、多少は」
そう口を開いたのは章一であった。北海道から東京に再び上京してきたのだ。当然纏まった金を持っていないわけがない。
彼の言葉を聞いた栄介は全員と顔を見合わせた。
「酒屋、まだ開いてるかな・・・」
話し合いの結果、この辺の地理に一番詳しい栄介が買い出しに行くことになった。