07
一角から笑い声が聞こえるアパートのあけぼの荘の前に綺麗な女性が立っていた。それはそれは高そうな洋服を身にまとい、大きなキャペリンハットを被って、笑い声が聞こえる部屋を下から見上げている。
この辺りではこのような格好をしている人を見かけることが全くないので、杏奈は不思議に思いながらも、岡持ちを手に階段を上って村岡栄介の部屋へと向かった。
「はい、お待たせ。天丼、四人前ね」
「うわあ、二か月ぶりや・・・」
竜三と由依はまるで感動の再会を果たしたかのような眼差しで、杏奈から手渡された天丼に目を向けていた。由依に至っては天丼を受け取る前に、杏奈に一礼してからそれを受け取っている。お陰で自慢のベレー帽が床の上にふわっと落ちてしまっていた。
栄介も天丼を受け取り、それを食べようとすると、杏奈がいち早く異変に気が付いた。
「あれ、四人前って聞いたんだけど」
しかし受け取りに来たのは三人。これは一体どういうことかと不思議に思っていると、栄介がニヤニヤしながら立ち上がり、彼女を手招いた。
残りの一人の分の天丼を手に押入れの前に立たされた。栄介が押し入れを開けると、上段のほうにストローハットを被り、サングラスをかけた章一が正座をしていた。
「よっ!」
呑気にそう話しかけた彼を見て、杏奈は涙を浮かべ、両手で顔を覆い隠した。
もちろんその手にあった丼ぶりは下へと落ちていく。誰もが、落ちた。そう思ったとき、由依が目一杯手を伸ばして見事にキャッチしていた。