第二章:夏の前の梅雨
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 栄介たちは一度、阿佐ヶ谷に戻り、アパートの近所にある喫茶NEW SHIPへと向かった。新宿署にいた向井竜三に詳しく話を聞くためだ。

「なんでまた警察署なんかにいたんですか・・・」
「先輩とこに金借りよう思ってね。山岸さんていう、かなり豪傑な先輩やねんけど。したら先輩、金やのうて、写真くれはってね・・・」
「写真って?」

 コーヒーを運んできたNEW SHIPのウエイトレス、込山榛香が間に入ってきた。だがまだ嫁入り前の娘に聞かせるにはかなり下世話な話だと察した栄介は、あわてて取り繕った。

「ああ、なんでもないよ、こみちゃん。ほら、早くマスターのとこ戻ってあげなよ。マスター寂しがってるよ?」
「ええっ、そうですか?」
「そうだよ。ほら、曲に合わせて指なんか振り始めちゃってる。あれしだしたら、もうすぐ泣いちゃうよ?」
「えっ・・・」

 NEW SHIPのマスター、林田は店内にかかっているジャズミュージックに合わせて、まるで指揮者にでもなったかのように指を振っていた。ただただ音楽のリズムに乗っているだけのようだったが、彼女を早くここから立ち退かせたかった栄介は、適当な嘘をついた。
 すると人の優しい彼女は、案の定、すぐにマスターの元へと戻っていった。

「写真ってあれでしょ・・・。『お兄さん、写真一枚どうです?貰ったら幸せになれますよ。一枚千円にしておきますよ』っていうアレ・・・」

 いわゆるネズミ講というやつだ。大した価値もないものを心理的な話術を使って、相手に素晴らしい価値のあるものだと錯覚させてから、それを転売させていく。竜三はその手伝いをさせられたのである。だが警察も取締りを強化していたころで、被害者を装うおとり捜査を行っていたところ、どう声をかけていいかわからず戸惑っていた竜三から声をかけられ、明らかに初犯であると確信され、身柄を抑えられたのであった。

「俺かて、プライドはあったよ。芸術家が芸術以外で稼ぐんはどうかと・・・」
「でも、結局やっちゃってるんじゃないですか」

 由依の一言がグサッと彼に突き刺さったようだったが、竜三は負けじと言い返した。

「背に腹は代えられまへんわ、もう三日も何も食ってなかったんやから・・・」
「まったく。次からは気を付けてくださいよ?」
「すまん。はぁ、こんなことになるんやったら、まっすぐあんたの所に向かえばよかった」

 彼の言葉を一瞬聞き流しそうになったが、栄介は少し時間が経ってから、その言葉の意味に気付いた。えっ、と彼に聞き返したが、竜三も先ほどの由依同様、ただただ苦笑いを浮かべるばかりで、何も返事はしなかった。

■筆者メッセージ
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黒瀬リュウ ( 2016/07/07(木) 15:19 )