05
楽しいと思える時間はあっという間に過ぎさっていった。五十分の授業と文化祭中の五十分が同じ長さだなんて信じられない。
文化祭も三日目、最終日の午後を迎えた。
「みんな準備は大丈夫?」
緊張や不安で静まり返ったステージ裏に俺の声だけが響いた。みんなから返事はない。
ステージ裏とは対照的に暗幕の隙間から見える観客は劇の開始を今か今かと待っているようだ。文化祭実行委員の話では俺たちの劇のチケットの売り上げは初日の音楽祭の次に多かったらしい。
「よし、覚悟決めよう!」
沈黙が続いていたが、王子様役の宮澤さんが声を出した。
「これが終われば夜は打ち上げの焼き肉だぞ!」
続いて篠田先生がみんなに発破をかける。これで、だいぶんみんなの顔に笑顔が戻った。
「続きまして2年5組による演劇、演目はシンデレラ。」
放送日のアナウンスと共に暗幕が開いていく。客席からは拍手が送られてくる。ステージの中央でシンデレラがみすぼらしい格好で家族から虐められていくシーンが始まっていく。
照明係の俺はライトのスポットをシンデレラ役の入山に当てていく。みすぼらしい衣装を着ていても入山はステージ上で華がある。ステージ裏から覗いている高野も客席の観客も入山の演技に目を奪われている。
「私もお城の舞踏会に行きたい!だけどこんな格好で行けるはずもないし……。」
「お困りのようですね、お嬢さん。」
シーンはシンデレラと魔法使いが出会う場面に移っていく。ここで俺ともう一人の照明係の神村くんが全ての照明を消した。一瞬観客からどよめきが起こるが、これも予想通りだ。数十秒後再び照明をつけると綺麗なドレスを着たシンデレラがいる。
「あんなにボロボロだった洋服がこんなドレスに……、あなたはいったい何者?」
「ふふふ、私はただの魔法使いよ。」
どこからどう見てもおばあさんにしか見えないメイクをしている魔法使いの正体が篠田先生だと気づき始めた生徒を中心に客席がざわつき始めた。それもそうだろう。普通の先生ならこんなに目立つ役なんてしないはずだ。そんな中、この人は生徒よりも目立とうとする。
だけど、客席のざわめきは徐々にドレス姿のシンデレラの美しさに引き込まれていった。そのくらい入山は綺麗だった。
「山下くん、仕事して!」
神村くんの声で我に返るまで俺は入山に見惚れてしまっていた。ようやく客席のざわめきが収まったころ、物語は舞踏会の場面へと入っていった。
「ねえねえ山下、私の演技どうだった?」
ステージ横で忙しなく照明機器を扱っている俺に、出番が完全に終わった篠田先生が達成感丸出しで話しかけてくる。
「良かったですよ。やっぱりインパクトありましたよ、そのメイク。」
自分の仕事をしつつ先生の演技の感想を伝えた。
「でしょー。」
「でも、今日の主役は入山ですよ。」
「だよね、みんな私じゃなくて入山のことばっかり見てたもん。」
俺の正直な感想に意外にも篠田先生も同調してきた。そんな会話をしていたら神村くんにもう一度怒られてしまった。今度は篠田先生も一緒に。